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与える者の栄光

私をあなたの平和の道具としてお使いください。

憎しみのあるところに愛を、

いさかいのあるところに許しを、

分裂のあるところに一致を、

疑惑のあるところに信仰を、

誤っているところに真理を、

絶望のあるところに希望を

闇に光を、

悲しみのあるところに喜びを、

もたらす者としてください。

慰められるよりは慰めることを、

理解されるよりは理解することを、

愛されるよりは愛することを、

私が求めますように。

なぜなら、私が受けるのは与えることにおいてであり、

許されるのは許すことにおいてであり、

我々が永遠の命に生まれるのは死においてであるからです。

                         聖フランシスコ 「平和を求める祈り」




曽野綾子さんは著書「魂の自由人」で、「愛はこっそりと行使されるが、人権は声高に喧伝(けんでん)される」と書いておられる。
人権を要求する人の一つの精神パターンは、他人に「自分の事を大切に思え」と言うことであり・・・要求する他人の存在がないと、自分に価値が決まらないのだ。
他者がいなくても、自分の生き方と人生を決める癖をつけておかないと、人間の心は縛られる(世間の評価など) 
 
私はある意味JW問題もこういう観点から考えるのも必要ではないかと
近頃思うことがある。仕事で関わる福祉やその制度問題からこんなふうに
考え直す事が多くなったのだが・・



聖フランシスコのこの祈りには、要求する事が市民の権利と定義する現代の流行とは心理的方向性において正反対を向いた

要求ではなく 与える者の栄光 がきらめき輝いている。
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by hanamizukidayo | 2007-05-06 14:16 | 宗教