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松岡農相自殺、首相が任命責任認める

 安倍首相は28日夕、松岡農相の自殺に対する責任について、「首相として、
閣僚の任命にあたっては当然責任を持って任命した。任命責任者として、
責任の重さを改めてかみしめている」と述べ、自らの任命責任を認めた。

 さらに、「首相として、私の内閣の閣僚の取った行動に責任を感じている」とも述べ、
松岡氏が自殺を選ぶほど追い込まれたことにも自らに責任があるとの考えを示した。


(2007年5月29日1時6分 読売新聞)




松岡氏が残した遺書に,「阿倍総理 日本国万歳」と書かれてあったという
そのTVニュースを一昨日病院の待合室で見ながら、痛ましくて
胸がいっぱいになりました。任命した事すら批判が高まっている中、
最後まで自分を更迭しなかった総理の信頼に対する感謝と、それ故に
申し訳ないという松岡氏の胸中が表われていたように思いました。

大抵の場合、失敗すると「本当にバカな事をしてしまった」と悔やむものです。
それでも態度を変えずに誠実に向き合ってくれる親や教師、上司の
存在は子供であれ大人であれとても励みになるものです。
失敗=人格否定 とか、例えばこんな部下を使っていたら自分の足が
引っ張られるから損をするというような打算で切り捨ててしまうような
会社や組織はどこにでもあると思うだけに、松岡氏が阿倍総理に深い
恩義(大臣に抜擢された事・釈明に苦しんでいる自分を庇う態度に)を
抱いたのではないでしょうか。

もちろん、政治は国と国民のためのものですから、政治家として松岡氏が
関わった問題がなし崩しにされても良いとか、もういいじゃないかと
言いたいのではありません。

でも、今回の事で「私に責任があった」と認める総理の言葉を
私は大変評価します。人間味を感じます。

松岡氏は自業自得だ、と考える人も多いかもしれません。
「死ななくても良かったではないか。潔く辞めて真実を話し、国民に
謝罪しまた刑事責任があるなら償って欲しい」
最初はそのようにも思いました。
でも、自分が辞めればそれで済むとは考えられなかったから、ここまで来た以上
ギリギリの選択を取るしかない・・と自らを追い詰めてしまったのかもしれません。

辞めても辞めなくても自分を庇ってくれる総理に向かって批判が向かってしまう。
自分のために多大な迷惑をかけてしまった事態に、もうこれ以上「耐えられない」と
「逃げたの」ではなく、すみませんでしたと死んでお詫びされたのではないでしょうか。
(最善の方法だったとは言いません。自殺を美化したいのでもありません。)

実際に彼ら(大臣を追い詰めた人々)の狙いはあくまでも総理の失墜であって
そのための執拗な責任追及だった事は、当事者が死んでも止まないことから明らかです。

率直に言わせて貰うなら、一公人を死に追いやった責任は総理にあるのではなく
相手の弱みに対して政権交代のチャンスとばかりに徹底的に攻撃し叩きまくる
野党のやりかたにこそあります。それに同調するマスコミ報道にも。
死者に対する悼みもない無責任な発言の数々を聞きながら確信しました。

本当に「誰でも安心して暮らせる社会」などというものが
このような人達の政権下で実現するとは到底思えません


政治にはカネの問題が付きものです。
与野党を問わず、この問題は明日はわが身と恐々とする政治家も
企業人もいるかもしれません。
問題がおきやすい土壌なので、なくなる事は今後もないかもしれませんが
発覚したらそのための専門機関・司法にゆだねればいい事です。

国会の審議を個人攻撃に費やすような事ばかり観るのはもう
十分です。それよりも、どうしたらこのような問題が無くならないか、人が
亡くなったという事実を真摯に受け止め、個々の政治家が
自分の問題として謙虚に考えて、政治家本来の使命をしっかりと
全うして頂きたいと思います。
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by hanamizukidayo | 2007-05-31 23:09