cantata777.exblog.jp
ブログトップ

しつこいようですが、再びw

 国民の最大の関心は、消えた年金問題・・本当にそうなんでしょうか。
ことさら責任問題と騒ぎ立てて政争の具にしなくても、他に考えなきゃならない事は
たくさんあるような気がしてなりません。

先日も小沢党首は、記録が消えてしまった人にもすべて支払うなどと、言ってましたが
常識的に考えて、そんな事が実現できるはずがないと思います。
悪意の人にも、言われるまま無差別に鵜呑みにして支払うつもりでしょうか?
それこそ、無責任な放言ではないかと思います。

 「年金問題は重たい問題なので、超党派で取り組む事が求められる。
スエーデン、ドイツ、イギリスはそのようにしてきた。
戦前のドイツで、時の与党を年金問題で攻撃し、大躍進したのが、
ヒトラーのナチスだった」
雑誌で拾い読みした記事です。


 ずさんな社保庁を放置してきた責任は、与党にだけあるとも思えないし、
ましてや阿倍総理の責任ではない、と思います。
まさか日本がこうした問題で、ナチスのような全体主義国家になっていくとは思いませんが、
マスコミの煽りに乗ぜずに、多難な時代を切り開いていくため、どのような価値体系を持ったリーダーがふさわしいのかよく見極める必要があると思います。

 どうせ政治家や官僚なんてろくな人はいないとか、政治には何を期待しても
始まらないとかそういう意見を聞きますが、本当にそうでしょうか?
私にはあまりにも一般化した言葉に思えます。
政治家は皆、自己中心で自分の利益しか考えない人間だろうと、
見くびってしまったら、人の才能や真価は発揮されないと思います。

 政治家や官僚は、余りにも長い間、マスコミに批判されたり、風刺されたり
不当な非難を長い間、必要以上に浴びてきたのではないか・・社会のそういう体質(政治家や官僚を国家権力として不当な評価)が、社保庁においても国(与党政府)が、
人(労働組合)に見下され、結果として、国民の個々に多大な
不利益をもたらすような顛末になってしまった原因の一つなのでは
ないかなと思いますが、考え過ぎでしょうか??

 教育の現場でも、日教組は権力(校長)に対して、政府自民党が決めた教育指導要領に基づく校長らの指導は「不当な支配」なので従う必要がないという屁理屈で、校長の指導を拒否してきたという事実があるそうです。

 戦後の教育やマスコミの報道の仕方など、いろんな要素が複雑に絡まって
私たちの価値感は、影響を受け形成されてきている・・・
宗教の価値感を否定する環境で育つのと、敬虔な宗教環境で育つのとでは、
違いが生じるのと同じように、まともな政治家に対しても良いことには当たり前、失敗を見つければ非難を垂れ流し、過剰反応を煽り立てるような事が日常的であれば、
政治不信に陥ったり、どうせ誰がなっても世の中は変らないでしょなどと、
選挙にも関心を払わなくなるのも、当然の結果なのかもしれません。

でも・・そうなった時、ツケを払わなければならないのは国民である
私たちなんですよね。


美しい国とは、自然や景観の美しさ以上に人の美しい心の持ちようだと、
言った人がいましたが、前にも書いたように
ノーブレス・オブリージュ(高貴な者の責任)  を促すには、それぞれの
実像を肯定的に受け止める姿勢もまた、大切ではないでしょうか。
[PR]
by hanamizukidayo | 2007-07-04 16:57 | 政治・社会