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興味深いと思ったサイトの紹介

なぜ人はカルトに惹かれるのか
   
   

     サイト名  Palm Branch / 記事 わたしが書いたエッセイ集 
                                        
http://ww4.et.tiki.ne.jp/~sophia/pb/

  「人は完成するために生きているのではない」というメッセージが
  力強く響きました。感情面・思考・神秘的価値感から人がカルトに
  入っていく心理状況を分析し、さらにそれがなぜ作られるのか(第3章)
  納得できる内容です。カルトの教理や思想の本質には、「大人に
  なることへの否定の心理」が潜んでいる・・・従って教理の内容には
  すべて親子関係の中の子供としての位置づけが要求されている。

  
   これだな!と思いました。健全な親子関係で満たされなかった人が
  心の隙間を埋められる場所を見つけたと錯覚してしまう要素を
  カルトは、ちゃんと見抜いて、用意しているのですね。
  そこでいったん、親子関係の中の子供の立場が確立してしまうと
  辞めるにやめられない感情のもつれが内外から沸き起こります。
  しかも、信者は訓練された従順な「子供」なので、良心が自らの
  弱さを責める方へ向かい、そうやって自尊心は壊されていきます。
  
  
  


■新世界訳は改ざん聖書
http://www.kln.ne.jp/jehovah/

個人的な主観ですが、神が三位一体なのか関心のある方にはお薦めかもしれません。
元証人の場合、三位一体の神という概念を受け入れたくないとか、
信じないという人が多いように思います。

三位一体は聖書に明示されておらず、また調べてみても頭では理解できない
難しい概念のようです。
教会史の中で出来上がった「神聖な奥義」と言われています。確かに、
キリストが生まれる前まで、一神教はヤハウェーの神だけを見上げていれば
「済んだわけですが、イエス様が来られてまた昇天された後、私たちにとって
霊者として、神と人間をとりなして下さる存在に過ぎないのでしょうか。
幾ら最高の権能が与えられたみつかいの頭とは言え、神さまの創造物以上でもなければ
以下でもない(当たり前ですが)、みつかいなのでしょうか。

それぞれ言葉としては違うけれど、神さまの本質は父なる神・子なる神・聖霊なる神
の三位一体で、私は父と子と聖霊がひとつであるという考え方に違和感はありません。
むしろキリスト者がバラバラの神ではなく、一神教の神を崇拝するのであれば、
三位一体を受け入れていいのではないかなと思います。

話が逸れるかもしれませんが「私は(頭で)理解したから信仰する」
とか、
「証拠があるから信じる」という宗教観はエホバ型の信仰ではないでしょうか。
神さまは人間の思考をはるかに越えた存在ですから、神さまの全体を知る事は
人間的な理解で測るものではないと思うのです。

神さまは創造物を通して存在される根拠をたくさん証しておられますが、
一番知りたいと思う事柄や望むものに関し、人間の都合に合わせて答えては
くださいません。
ですから、キリスト教の中に良い意味の神秘性をみるのはごく自然な事ではないかと
私にはそう思えるのです。
それで、聖書を探求する事は良いことですが、、その目的がカルト宗教のように、
理論で武装し、正しく見せるために調べ上げるのはおかしいことだったと思います。



昨年末、遠藤周作氏の小説「沈黙」を読みました。

キリシタン迫害が厳しくなった江戸時代に布教活動した司祭は、捕らえられ
踏み絵によって転ぶ(幕府の命に従う)ことを迫られます。
先輩のフェレイラ神父の助言により、彼(司祭)が転ぶことにより、
司祭に従った多くの日本人信徒が拷問と処刑を免れた歴史上の出来事を
小説化したものです。

この出来事でフェレイラ神父も司祭も本国の教会から破門されますが、
厳しい迫害と労苦にあえぐ宣教者や日本人信徒の苦難に対し、神は
沈黙を通されている。神はどこにおられるのかという苦悩と絶望の
極みの中、踏み絵に足をかけようとした「その時、踏むが良いと銅板のあの人(キリスト)は司祭に向かって言った。踏むがいい。おまえの足の痛さをこの私が一番よく知っている。踏むがいい。私はお前たちに踏まれるため、この世に生まれ、お前たちの痛さを分かつため十字架を背負ったのだ・・・・」と。重いテーマでした。

私たちは比較的恵まれた時代、社会に住んでいますが、たとえこの世が地獄のように辛い(人間世界の本質は地獄かも)日があっても、神さまがいつも共におられると信じていきたいと思います。



■コアラさんの日記
http://myhome.cururu.jp/rihabirikoara/blog

元統一教会二世さんのページです。
カルトやACの後遺症と回復過程を丁寧に語っています。
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by hanamizukidayo | 2008-01-16 12:01 | 宗教