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恵み Ⅱ

いつだったか、私の敬愛するSOS筆者さんが、
「新共同訳聖書」もいいけれど、「口語訳」は
素晴らしい翻訳だと、おっしゃっていたので、
いずれ買いたいなぁと思っていました。

教会には各席に訪問者用の聖書と、賛美歌の本が
置いてあります。

口語訳なので、私も自分用を頼んでいたら、
先日先生が、用意しておいて下さいました。

気に入った聖書で学べるのは嬉しいものです。


今日も、心臓に持病のある年配の方が見えておらず、
他の教会に移った方もいるようで、5人の集会でした。
何度も何度も、その方たちのために暖かい祈りが
捧げられました。

全世界で開かれている集まりのためにも。
ひとつの教派のためではなく、クリスチャンすべての
礼拝という意味だろうと感じます。
(私たちーだとか、真のクリスチャンだとか、差別してない)

私は牧師さんや他の人達に、JW経歴のことは
あえてお話していませんが、何者だろうと詮索される
事もなく、今日に至っていました。
と言っても、「どこかに行っておられたのですか」
と聴かれた時、嘘も言えないし、
「一般の教会は初めてです」と答えたら
ものみの塔だとピーンとこられたみたいです。

「話したいことがあったらいつでも来て下さい」
帰り際にはいつも、先生が声をかけて下さるのですが、
「気持ちの整理が出来たので来ています。神さまの
メッセージを、これからも教えて下さい」と、
答えて帰っていました。

他の人達にも、何気なく聞かれた事もありましたが、どう言えば
いいのか一瞬戸惑ってしまったら、「あっ、いいんですよ!無理に
話さなくていいんですよ」と、そういう一幕がありましたが、以降も
良い距離を置き、尊重して貰っていると感じています。

別に隠したいというよりも、そんな話する時間が
もったいないのです。先生には聖書のお話を聞きたいし、
他の人達とはほっと安らぐ空間を持ちたいし、
あまり余計な(?)話する必要を、まったく感じないくらい
豊かに静かに時間が流れ、心が落ち着くのです。


今日のプレゼントの話を言いたかったのに、
前置きが長引きました。

あまりにもグッドタイミングだったので
驚いてしまったのですが、
たまたま、今日のお話の中でエフェソス2:18を開き
教会の姿は・・神を父と呼び・・と聴いたので、終わって
から、「三位一体についていつか教えて下さい」と伝えたら
この本を渡して下さったのです。

昨日届いたばかりなんだそうです。
私のためにわざわざ注文して下さったのだろうと
感謝でした。                      d0115758_23193755.jpg
難しいからね~と笑いながら、
「これがいいですよ」と
さりげない態度。

自分の言葉(のつもり)で、自説に酔うJWとつい、
比較してしまいます。

難しいことはわかりませんが、私が漠然と考えてきた
「神」の捉え方に似ている、本当に嬉しいです。
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by hanamizukidayo | 2008-01-27 23:42