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たった一つの・・

ひよかさんからコメントを頂きました。ありがとうございます、ひよかさん。

お互いにJW一世として私たちが目撃し、体験してきた事柄を単なる個人の物語として口を閉ざし、傍観者の側に立っていればよいという問題ではない・・その思いが強まっています。70年代や80年代の世代は遠くなり、かつて行列が並ぶほどだった集会所のトイレでの懲らしめも消え、最近では王国会館の中を長老の子どもが走り回っていても注意する人もいなくなったと、どこかのサイトで目にする昨今です。でも、先に書いた未信者さんのような悲劇もまだまだ起こりえるし、体罰奨励は見えにくくなったからと言っても、上から目線のあの体質が変わったとも思えません。むしろ高齢化時代になった現在、さらに巧妙な手段で子どもを取り込み、組織の証人に仕立てようと量るかも知れません。


●」もし一人の子供を命の与えぬしであられるエホバ神の立派な僕に育てるなら、それは大いに喜ぶべきことではないでしょうか。

(ひよかさん)
子供の人格や、特質や、どんな興味を持っているか・・・何の考慮もなく神の僕になるのが喜びだ・・・そんな馬鹿な!・・・あり得ない。
神さまがたった一つの職業しか、認めないとでも言っているような・・・ふざけた書籍です。



ええ、生まれる前から「的」を絞られたらたまりませんよね。子どもは奴隷じゃないんですから。


(ひよかさん)
神さまがたった一つの職業しか、認めないとでも言っているような・



これが高等教育などの問題に繋がってますよね。JWにとって、何のための多様性だと言うんでしょう。神さまがそれぞれに個性(賜物)をお与えになったことを無視した教えです。持って生まれた才能や後天的に獲得した各人の相違に、運命がさらに付け加わって人は誰のものでもない独自の人生を発展させていく。「天職」という言葉がありますが、ある職業がその人にとって最も才能や個性を発揮できて輝かしい充実した人生(お金や名声だけでなく)を送るなら、創造者にとって喜びに違いありません。多くの過ちからさえも私たちは学んでいけるのですから。人生の始まりの部分でレールをしかれ、「間違いを犯さないように」と怖れたり、大人(親)でも守りきれないような規律を子どもには期待し、行き過ぎた道徳主義によって窒息させてしまうなら確実に子どもの「魂」は殺されてしまうでしょう。

人を「生かす」神が、画一的な人間を求めるはずがないのです。ひよかさんのコメントに感謝します♪ またご意見・感想お寄せくださいね(*^_^*)
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by hanamizukidayo | 2008-03-05 19:06