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父親と母親はお互いにパートナー  後半

ヘブライ語聖書は、「聴きなさい、わたしの息子よ、あなたの父の懲らしめを、そしてあなたの母の律法をすててはならない」と述べて、懲らしめが共同で行うべき役目であることを示しています。クリスチャン・ギリシャ語聖書も同様に、「子どもたちよ、主と結ばれたあなた方の親に従順でありなさい。これは義にかなったことなのです」と教えています。父親は子供を懲らしめるのは妻の仕事だと考えることがあります。反対に、妻は、"お父さんが帰っていらしゃったらしりませんよ"と言って、悪いことをした子供を脅すだけのこともあるでしょう。しかし、家族が幸福で、両親がそれぞれ子供の愛と尊敬を受けるには、その義務を分担することが必要です。
                                        箴言1:3、エフェソス6:1

この点で両親が一致協力し、自分の責任を進んで果たそうとする態度を示すのを子供たちが目にするのは大切なことです。子供が父親に何かを頼むと、決まって"お母さんに聞きなさい"と言われるなら、あるいは母親が問題を父親のところにもどして父親に決定させようとするなら、"いけません"と答えねばならない方の親は悪者の役をさせられます。むろん父親が"ああ、しばらく外へ行ってもいいよ。でも夕飯がいつできるかをお母さんに聞いてからにしなさい"といえる場合もあります。また母親は、子供の頼みを聞いてやっても別に悪くないように思えても、夫の意見も聞かなければならないことがあるでしょう。しかし、二人とも、子供が両親を対立させてから、自分の目的を遂げるのを助長したり許したりすることが絶対にないように気をつけます。賢明な妻は、自分が分担している権威を夫と張り合う形で行使しないようにも注意します。子供を甘やかし、夫をさしおいて子供の愛情をひとり占めしようとするようなことはしません。

実際、家族に関係した事柄を決める場合、家族の各成員は、特別な考慮に値する決定を下せる領域を持っているかもしれません。父親には、家族の全体的な福祉にかかわる問題に決定を下す責任があります。母親は台所やその他多くの家事に関する事柄を決定することができます。子供たちは大きくなるにつれて、遊びや、服装その他の個人的な事柄を自分で決められるのを許されるかもしれません。しかし、健全な原則が守られていること、子供の安全が脅かされていないこと、そして、他の人たちの権利が侵害されていないことを、親が十分に監督しなければなりません。このようにすれば、子供たちは序々に決定を下せるようになります。
                  家族生活
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by hanamizukidayo | 2008-03-09 23:36