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闇教育   完璧な"服従"のために

子どもの弱さ、未熟さゆえに起きる失敗を咎めて折檻するのはよろしくない。折檻しなければならない罪はただ一つしかない、それは強情である。つまり、勉強しないからと言って子どもを打つのも、転んだといって打つのも、泣いたからと言って打つのもよろしくないが、しかし、もしも子どもがそういう事であれ他のどんなちょっとした悪さであれ、わざとしているものであれば、必ず折檻しなければならない。もしも、あなたの息子が、あなたがそうしろと言ったから勉強しなかったり、あなたに逆らうために泣いたり、あなたを怒らせるために悪さをする、つまり強情を張っているのであれば、  
   その時は殴れ、悲鳴を上げるまで、
   やめて、やめてパパ、いや、いやと!

なぜならそのような不服従はあなたの人格に対する宣戦布告と同じであるから、あなたは力をもって力を制し、あなたに対する尊厳を揺るがぬものにしなければならない。そうでなければ教育などとてもできはしないのだ。折檻するときは手加減せず、息子にあなたこそ主人なのだということを思い知らさねばならない。であるからわざと知らないと言っている事をちゃんとするようになるまで、子どもも折檻を止めてはならぬ。そうでないと息子はあなたと戦いをして勝ったのだと考え、それから後折檻されることがあっても、両親の支配に屈したくないためにそれを無視するようになる。くれぐれも注意せねばならぬ。なぜならば、子どもという者は結構目の鋭いものであって、あなたの弱点に目を光らせている。あなたが怒りに我を忘れているのを見れば、子どもは、あなたの折檻を怒りのなせる業だと見てたかをくくるであろう。折檻はあくまでも、正義の実現であらねばならぬ。もしそれができそうにないのであれば、実際に刑を与える役目は人に委ねたほうが良い・・・・・・・

赦しを与える場合にも、まったくぶっきらぼうにしてはいけないが、多少渋った様子を見せ、あなた方が子どもを可愛いと思っていても、子どもが自ら犯した罪を完璧な服従によって償い、両親の忠実な臣下であろうと決意していることを実証してみせるまで、決して悟らせてはならない。
子どもが幼い時から賢明な教育を施していれば、このように厳しい手段に訴えずともすむのが普通である。しかし、学校に上がるまでそういう躾を一度でも受けていないと、子どもはそれまでに我意を持つようになっているから、どれほど厳しくしても効果は上がりにくい。しかしそういう場合にも、ことに向学心のある子どもであるなら、非常に良くないことをした時でも、殴るより効果にある罰の与え方がある。たとえば靴をはかさないとか、腹がすいたままテーブルにつかせ、食べ物はやらないでおくとか、急所をつくなど。J.Gクリューガー 児童教育の考察 1752年
                                                                                               by 魂の殺人
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by hanamizukidayo | 2008-03-11 08:00