cantata777.exblog.jp
ブログトップ

たとえ「正しくない」道を歩むことになろうとも

佐藤優氏のコラム http://www.business-i.jp/news/sato-page/rasputin/200806110006o.nwcより、


「愛国心について」



☆ユダヤ人にとって国家とは、かつての悲劇を繰り返さないために、絶対欠かすことのできない存在だ。


 ■イスラエルの緊張感に学ぶ
 筆者が論壇で尊敬している一人に潮匡人(まさと)氏がいる。潮氏は論評の対象となるテキストの内在的論理を正確にとらえた上で、建設的な批判を行う。潮氏は、党派的立場から「批判のための批判」を行うのではなく、論壇で立場の違う人々が対話を行う土俵を作る努力を怠らない。

 7月1日発売の『正論』(産経新聞社)8月号に掲載された潮氏の「なぜ日本を愛せないのか 愛国心を忌避する人々の“病理”」を読んでそのことを再認識した。潮氏は愛国心について根源的な問題提起をする。


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 〈護憲リベラル派の中には、日本脱出を語る者さえ現れた。

 《教育基本法を変え、有事法制を作り、いま憲法までが変わろうとしている。それで、果たしていいのか。それを承知の上で、それでも日本にはいま「愛国心」が必要だ、というなら私にはもう、言うべきことばはない。そうなったときに日本に住み続けるかどうかは、それこそ〈私〉の問題だ》(香山リカ『〈私〉の愛国心』ちくま新書)

 たしかに彼女の問題だ。だが恐らく彼女も日本に住み続けるであろう。

 公正を期すために最後に、保守陣営の「愛国心」論にも触れておこう。上坂冬子氏は近著『これでは愛国心が持てない』(文春新書)でこう嘆く。

 《事に当たって厳然と対処することなく、国家の体面にかかわる問題に曖昧(あいまい)な対処をされたのでは、愛国心の持ちようがない》

 お気持ちは分かるが、私の意見は多少違う。大半の日本人にとって、日本とは愛さずにいられない国である。いくら頭で「これでは愛国心が持てない」と怒ってみても、愛さずにはいられない。そういうものではないだろうか〉

 
             ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


筆者の愛国心に対する感覚も潮氏がここで書いた内容に近い。日本の現状に対して、怒りや嘆きは当然ある。しかし、愛国心とはそれとは別の位相から出てくる感情である。かつてイギリスの作家ジョージ・オーウエルは「右であれ左であれわが祖国」と言ったが、筆者もそう思う。一部の有識者からおしかりを受けることを覚悟した上で書くが、仮に日本国家と国民が正しくない道を歩んでいると筆者に見えるような事態が生じることがあっても、筆者は自分ひとりだけが「正しい」道を歩むという選択はしたくない。日本国家、同胞の日本人とともに同じ「正しくない」道を歩む中で、自分が「正しい」と考える事柄の実現を図りたい。

 愛国心について考えるとき、筆者にイスラエルの友人が述べたことがいつも思い浮かぶ。この友人が10歳のとき、1967年に「6日戦争」(第3次中東戦争)に遭遇した。友人の母親は第2次世界大戦中、両親とはぐれ、難民になった経験がある。そのときの経験がよみがえったのか、いざというときに備え、母親が宝石と貴金属をスカーフに包んでいるのを見て、父親がこういった。

 
「無駄なことはやめなさい。もしこの戦争に敗れたならば、私たちは殺されるだけだ。ユダヤ人に“逃げる”などというぜいたくは許されていない」


 いまでこそイスラエルは、エジプト、ヨルダンと平和条約を結んでいるが、当時は周囲すべての国がイスラエルの存在を認めず、たたきつぶそうとしていた。一見、イスラエルに住むユダヤ人もヨーロッパやアメリカに逃げれば、生き残ることができるように見える。「しかし、それは幻想だ」と友人は言う。なぜなら、「イスラエルという国家が地上に存在するから世界各国に在住するユダヤ人が保護されているのである。第2次世界大戦で、600万人のユダヤ人が殺されたのもわれわれを守る国家がなかったからだ。イスラエルが消滅すればユダヤ人の居場所は再びなくなる」

 この友人の祖父は西ウクライナ(ガリツィア)のある町でパン屋を営んでいた。熱心なユダヤ教の信者で、ナチス・ドイツ軍が町に侵攻してきた日がたまたま安息日(土曜日)だったので、「侵略者よりも神を恐れるべき」と考えてシナゴグ(ユダヤ教会堂)に集まり、礼拝をしていた。ドイツ軍はこのシナゴグにガソリンをまいて火を付けた。祖父は焼け死んだ。

 当時17歳だった父親はアウシュビッツ収容所に送られ、生き延びた。あの悲劇を繰り返すことがないようにするために、戦後、ユダヤ人はイスラエル国家を再建したのである。イスラエル人の緊張感から日本人が学ぶべきことは多い。


           ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




同サイトで佐藤氏は拉致問題について以下のような考えを表明している。

北朝鮮問題に関与する有識者、政治家、国民にはさまざまな考えの人々がいる。しかし、拉致問題の完全解決ということでは、国論が一致していると思う。いまこそオールジャパンで、拉致問題に取り組むべきだ。そのためには、右翼、保守派、左翼、市民派、その名称は本質的問題ではない。それぞれの集団が自己の信念に従って、提言を行えばよい。そして、その提言のうち受け入れられる部分を、お互いに評価すればよい。そのためには各人にこれまでのしがらみを克服するちょっとした勇気が求められる。

個人的には、佐藤氏の言われるような完全解決に国論が一致しているか疑問は残る。もし、一致していると言う前提が事実なら、意見や立場の相違を超えて各人が提言を評価しあい前面解決に向かうことができれば素晴らしいし、「幻想」で終わって欲しくないとも思う。


以前に、佐藤氏の講演を聴きに行ったという人のものをネットで読んだことがあったが、どちらかと言えばシャイな雰囲気、しかし非常に魅力的な人物であり、熱気を含んだ語り口全体に優秀な教師、牧師を連想したという。現在の「戦闘」を切り抜けて研究者、あるいは牧師として1日も早く心安らかな楽しい日を迎えて欲しいとも綴ってあった(余計なお世話か?)


頼まれれば断らずに右左関係なく精力的に執筆しておられるようなので、誤解されることも
あるようだが(現に私も一時そうだった)、今回佐藤氏の「愛国心」の意義を読んでやや反省・撤回。また日本という法治国家・また自然豊かな恵まれた国を大切に思続けたいと思う。
[PR]
by hanamizukidayo | 2008-07-02 01:40 | 政治・社会