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今日はね、お祝いなんだよ

駐車場で待機していた妹夫婦と一人娘の姪に、「お骨を拾ってあげて」と呼びに行くと、妹たちはうなずいて火葬場に入っていったが、姪にあたる純ちゃんは、祖父の突然の死とお葬式の儀式に混乱してパニックを起こしていた。

振り向きながら行く妹に、「純ちゃんは私が見てるから、早く!」と言いながら、姪を抱きしめた。

「おばちゃん恐いよ、おばちゃん傍にずっといて・・」

姪とはJWを辞めてからなかなか会う機会がなかったが、
少しも変わらず私や息子たちを慕ってくれている。

今回、父の死という思わぬ形で、久しぶりの再会となってしまったが
斎場の控え室でも屈託のない姪の笑顔に救われた。もう21歳になるが、
言葉も仕草も素直(従順とは違う)な子供時代とほとんど変化らしきものはない。


「純ちゃん、お葬式はもう終わったからお母さんたちがいる暖かい部屋に行って、みんなと一緒にお茶でも飲もうよ」と、車から連れ出したものの、知的障害(LD)の姪にとって、一般的なお葬式という初めての経験は、不安や恐怖感でいっぱいだったのだろう。人一倍感受性が強いから先月は元気な姿のおじいちゃんに会ったばかりだというのに、突然死んだというショックも当然ある。もっとも母をはじめ家族全員が、多かれ少なかれパニックに陥っていたのは姪同様だったが。

私の手を強く握りながら「おばちゃん、お焼香はしないでね」と涙を浮かべて訴えていた。

「だいじょうぶだよ。もうお坊さんもお帰りになったし、何も心配ないからね」
姪の気持ちが哀れで肩を抱いて待合室のソファに一緒に腰掛けていたら、弟が気が
付いたのか、傍に来てくれて、姪の顔に向き合うように膝をかがめて優しく語りかけた。

弟「純ちゃん、おじいちゃんのことは何にも心配いらないんだよ。純ちゃんもおじいちゃんの顔を見たでしょう。いつものようにぐっすりと、よく眠ってる顔だったよね。

おじいちゃんはね。昨日いつもと同じに、朝起きて、朝のご飯を食べて、みんなが出かけるのを見送ってくれた。それからまたいつものようにベッドでうとうとしてたんだって。
そしてお昼になったから、お婆ちゃんが、『そろそろご飯に起きてらっしゃい』と声をかけたけど、おじいちゃんはもう目を覚まさなかったんだって。

おじいちゃんはもう起きて病院にいったりしなくてもよくなったんだよ。少しも痛いとか言わなかったし、苦しそうな顔もしなかったんだよ。おじちゃんはね、おじいちゃんが気持ちよさそうに眠っているみたいだから、悲しいけど良かったなあと思ってるんだ。

それにおじいちゃんはみんなのために心配しないように頑張ってくれたんじゃないかな。
だから、今日はみんなで『おじいちゃんありがとう』ってお別れしようね。

純ちゃん今日はね、純ちゃんやおじさんおばさんたちにとって、特別な、お祝いの日だね」


うなずきながら聞いていた姪は落ち着いた。柔らい声でゆっくり優しく
話しかける弟の「今日はお祝いだ」という言葉は、弟自身、自分にも
言っていたと思う(何で俺の誕生日に死ぬんだーと泣いた、弟)

Jw妹も白い父の遺骨を目に焼き付けるだろう。そして私のようにいつか
「人は死ぬ」ということの普通の感覚を取り戻して欲しいと思った。直接
口には出来ないが、亡き父が何かの形で気付かせてくれるような気がする。
 



12月1日 午後1時52分 父永眠  享年85歳  最愛の、目の中に入れても痛くないほど可愛がって育てた弟(長男)の誕生日でもあった。


父の最期の言葉 今日は072.gif誕生日だね。由美ちゃん(嫁)、お祝いの支度よろしく067.gif




同夜   仮通夜     ( 飛行機の最終便に間に合わず。)


12月2日   斎場にてお通夜(早朝羽田より出発、レンタカーにて実家に昼・着。
布団に横たわった父と対面。午後2時より湯灌及び準備が始まり、夕方4時斎場に父移動。

5時過ぎ、夫、実家に到着。 義長兄、息子(長男)各自のスケジュールにそって現地集合
深夜近くのビジネスホテルに宿泊。



12月3日   〃    11時より 告別式  出棺


父の死に直面して、親不孝ばかりしてしまったことを許して欲しいという悔やみ、
もう親孝行したくても出来ないのだという思い、また、ただただ感謝の思いがこみ上あげて
きたり、幼い日の父との思い出の数々と共に、様々な感情が今、目まぐるしく交差している。

ただ、お葬式は故人にとっても親族知人友人すべての人が心のけじめになったり
共に泣き共に思いを交感させあうすばらしい儀式だと再確認した。


すばらしいお葬式を迎えることが出来た父を、私たち姉弟は父の偉大さに改めて
気付き、気付かされ、誇りに思うことができた。

本当は心から愛し慈しんでくれていた父へのこれまでの誤解やわだかまりを
きれいにさっぱいと洗い流して、○ ○ 家の長女として、父を人生の師として
仰ぎながら生きていきたい。 ありがとう、父さん。
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by hanamizukidayo | 2008-12-07 01:51 | 日常