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審理委員会のこと



90年代後半からの数年、不活発になってJWを辞めたいきさつや出来事の中で
すっぽり抜けてしまった記憶のひとつが審理委員会のことだ。

あるブログの脱会現在進行形奮闘記を読みながら、応援していたが
「今の現役の方たちの意識はスゴイ!」感情に流されず、しかも
自分のことだけでなく家族や友人たち、守るべきひとたちへの配慮も忘れず
勇敢だ。後に続く人たちに心強いインパクトを与え、ボロボロになって辞める
のではなく、明るく強い再スタートをきろうとする姿に頼もしさを感じながら
読んでいた。

突然、自分の経験を思い出したのは、今月20日以下の記事を読んだ瞬間だった。



(一部引用)****************

詳しくどんな訴えがなされているのかを書いたものや、
排斥の決定をした場合には、その排斥通知ですら、
本人に対して文章化したものは渡さないのが基本です。

(今回の手紙も、必要最小限の情報しか記載がありません。)

それは、訴訟などを避ける為の、
証拠を消すための協会の巧みな方法でもあるのでしょう。

(コメント)hanamizuki************

文書化しないとは知りませんでした。

うちの息子も審理委員会にかけられたことが
あったんですよ、昔。
悔い改めて行こうと頑張ろうとしている姿が悲しくて
「 もういいから、今までよく頑張った。もう十分だから 」
そう言いました。
集会に行ってもみんな無視でしたからね。

ある日息子の気持ちになってみようと
やってもいない「 罪 」を告白して
体験したことがあります。

排斥は絶対、愛ある取り決めなんかじゃないと
実感しましたね・・・・

しかし、なんでそこまでやるかって不思議???
よほど暇なんでしょうか

*********************




私は息子の姿が本当に可哀想でたまらなかった。そんな中、息子にも声をかけて「 集会に行こう 」と励ましてくれる私の友人が一人だけいたが、行っても周囲の視線の冷たさよりも、無関心さに私の方が参った。

「 誰が見た(目撃)のかも分らない、そんな所に行くのは嫌だ 」と言う息子に
「 忍耐しよう、集会だけは続けよう 」と押し問答の末、やっとの思いで支度する息子。

末席で針のムシロのような精神状態がしばらく続いたある日、むしょうに腹が立ってきた。
「 別に、一般信者は声かけてくれなくったって仕方がないけどさ、長老たちの仕打ちは
あんまりだ! 危険人物のように無視して、いい大人が霊的牧者のくせになんだあの態度は! 」

元々息子の件では、審理委員会の段階で小さな疑問は幾つか感じるものがあった。
息子がすぐ事実を認めたこともあるが、証人も明らかにせず。私も親として、
報告した人に「 教えてくれてありがとう 」と感謝を言おうとさえ思っていたのに。

今思えば本当に些細な、一般社会では別になんてことない「罪」だった。
でも当時の私も息子のやったことは、信じられないほどショックではあった。
自分のせいだと思った。介護や仕事がらみで起きた会衆内のゴタゴタで、
巡回監督にまで報告が行き、自分の問題にばかり気をとられて、
家族のことは後回し状態だったから。会衆は王国会館建設。
張り切っている長老団。相談できる雰囲気はなかった。


「 もう十分よくやった 」と言った日から、息子はすっきりした顔して完全に辞めた。

「 お母さんも、もうしばらくしたらやめるから。でも偶像と淫行と血は避けようね。辞めてもこれだけは守って行こうね。後はたいした事ないんだもの。」そんなことも息子と約束しあった。

やってもいない「 罪 」を報告したのは、今夜で最後にしようと決心して出席した晩の集会の日だった。
いろんなことがあったな~と物思いにふけり、その日は王国会館に遅くまで残っていた。一人で
駐車場に向かう庭先で立ち止まり、ぐるりと回りを眺めながら「 さようなら 」とつぶやいた、その直後、一人の長老に声をかけられた。割合何でも言える雰囲気の若い長老だったので
「 疲れたからしばらく休みます。」と、告げた。

疲れていたのは本当だった。何年も安定剤を飲まなければ集会にいけなかった。

長老 「 駄目だよ、姉妹!今がんばらなきゃ。エホバと子供のために姉妹がしっかりしなきゃ 」

「 エホバと子供のために?」その時、私の口から出た言葉
「 そうですよね。でも私、エホバにも罪を犯してしまったし、もう来る資格ないんですよ 」

というわけで、この顛末が後で思えば組織に見切りを尽けるいい経験だったのだが、、きっぱり辞めるまでさらに2年、無駄な時間をかけてしまったと言えなくも無い。
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by hanamizukidayo | 2008-12-28 11:29 | 宗教