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2008 年 の 大 晦 日・・・故 郷 を 想 う



今年も83 歳になる母から、昨 日お餅が届いた。さすがに 鏡 餅 はなし。
父が亡くなったばかりで、餅つきどころではないだろうと思っていたが
一 箱は義 兄に届けるようにと、デコポンも一 緒に届いた。

さっそく実 家に電 話すると、嫁さんが出て、少しづつ片付いてきたとのこと。
最 近、嫁さんは何かと私に「ありがとうございます」と口にするようになった。
たいしたこともしてないのに。

「 今お母さんに代わりますね 」というので、「 後でまた 掛け直すから 届 いた事だけ 伝えておいて 」と
言ったのだが、「でも、お姉さんの 声 聞 けば 寂しさが 紛れると思うから、ちょっとだけでも 」
これまた大きな 変 化。前 は「 ああ、そうですか 」で 終わっていたのに。

母には 毎日 電 話をしているが、そう言ってくれる。お葬式前後はこれまでの 鬱 憤が
爆 発して、帰 宅してからだんなと 一 悶 着した私だったが、相手を 誤 解 していた
のかも知れない。向こうにしてもたまにしか会わない私に 苦 手 意 識 があっただろう。

私はだんなにズバリと怒られて、考え直し、それ以 降 、姉らしくざっくばらんに
話すようにした。。親の面 倒を見てもらっているのだから、引け目を感じて
「 いつもありがとう、すみません 」口 調だったが、ある意味、同居の苦 労は
想 像つくが、弟夫婦も生活費全般 経済的な 援助を受け、通院の際も必ず
父は車代を渡していたという。

家も、弟夫婦や孫にまで車も買い与えていた。毎日の食事の世話は大変だった
ろうと思う(この点が一番、私もよくやってくれてると感 謝だった)が、両親も
親だから世話になって当たり前ではなく、それなりによくやっていたと知った。


父が亡くなって、JW妹夫婦だけでなく、関 西妹や叔父さんたちとも
身 内の 絆が 深まった。
JWやるような変人だと、一時は嫁さんも 偏見持った時期もあっただろう。
私もこれまでを、振り返ってみるいい機会、これからを考えるいい機会に
なった父の死。


お葬式の時、一番力になってくれた 母方の従兄弟で一番年上の 0 ちゃんは
奥さんがJWで、彼の 二人の弟夫婦も 神 権 家 族 だ。

0 ちゃんいわく、「 もう、俺のとうちゃんかあちゃん 死んじゃったからこの人(母)が
俺 のか あちゃん。 スキ 好き!」ってチューしかねないくらい大事にしてくれている。

一時はJWになったという 噂 を母から聞いていたが、中 高では 番長、本来バンカラな
タイプだったので、JW時代 「 ほんとか? 」と、確かめがてら訪ねて行ったこともあった。
留 守 で会えなかったが。

奥さんは今もJ W夫 人だが、控えめながらもしっかりした人らしく、母もよく褒めている。

お通夜の晩はエプロン姿で、会場のテーブルの料理や飲み物など気を配り、
一番最後まで残って手伝って頂いた。田舎のことだからそういうお付き合いは
頻 繁だと思うが、出来るところで懸命に頑張っている姿に、私も昔は同じような
考えをしていたので、信 仰 の 度合いはよく分らないが 親しみを感じた。

0 ちゃんの嫁さんなら、放っておいてもいつか脱塔するような気がする。
エホバ的 愛より、人 情で動く人だと直 感した。

1月の 再 会も 楽しみ。

親、妹 弟、親 族、互いに年はとったが、近所のおじさんおばさんたち、幼 馴 染の友 達・・・・



故 郷 は私の原 点だ。ここに生まれてここで育った。楽しいことよりも
辛い思い出が多かった こども時 代ではあったが、
実 家の庭先から眺める山 並 みも、夜 空の星も、川のせせらぎも、人々の人 情も
時 間は止まったように、今の私を、故 郷は暖かく 迎 えてくれる。


オリオン座の煌めく美しい 季 節に 逝った父、寡 黙だった父の以外なエピソードに
たくさん癒されて、故 郷を 誇りに思える 自分は、なんて幸せ者なんだろう043.gif
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by hanamizukidayo | 2008-12-31 09:41 | 日常