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 私は私なのだから もう肩を張らない 




    ∞∞∞∞∞∞ 本日の名言 ∞∞∞∞∞∞    


晴れた日は晴れを愛し、雨の日は雨を愛す。  

  楽しみあるところに楽しみ、楽しみなきところに楽しむ。                              
  by 吉川 英治   (小説家)

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by hanamizukidayo | 2008-12-22 13:12

書けば気持ちの整理になる

「はなさんがブログに自分の感情を吐き出すなんて珍しいわね。でも書けば整理出来るよね」と、
友達からメールが来た。

そうだ。今私は自分のためにだけ書き続けている。
「ご家族は、お母さんは大丈夫ですか」と会う皆さんが心配の言葉をかけて、優しく気遣かって下さるが、ありがたいと思いつつも、正直な気持・・
私は自分のことだけで精一杯、母の心配どころではないのだ。

母には毎晩全身をマッサージして、倒れないように出来る限りの気遣いをして来た。

食べたくもないが、気力が萎えないよう食事もきちんと取り、こちらの親族に挨拶回りも済ませた。

弟が役所に死亡届けを出しに行く用意をしていた時、母も傍にいて几帳面だった父が生前にきちんと全てを用意していた書類の中から遺産の全てを広げて、私たちに見せてくれた。

不思議なもので、妹たちも私も同時に同じ言葉が出た。

「私たちは何もいらないから自分のために使って欲しい」
「(家屋敷や山畑、保険証券は)全部弟に上げて」と。

「そのかわり現金は母が持ってないとね、これからまだまだ必要なんだし、お金のない親は粗末にされるよ。所詮、世間はそんなものだからね」と私は余計な一言を付け加えておいた。
仕事がらいろんな家族を見てきて、それが現実だと知っているからね。

そんな訳でいろいろと用意するために回っている最中だが、先程戸籍謄本の詳しい方(原戸籍)を受け取って驚いた事が一つあった。


すっかり忘れてたが、私たち夫婦は子供が生まれる前に、一度離婚していたのだった。
そう言えば一年くらい実家に帰り、その間に見捨てられて絶望したのか(?)
夫は自殺未遂騒ぎを起こして、私はまた夫の元に居ようと戻ったんだわ。
 (ごめんね、お父さんこっそりバラしちゃって、もう昔話だからいいよね)

あの時は両親の反対を押し切り、それからもエホやったりして随分と心配をかけてしまった。

エホ時代の私は、従順な妻の役割を一生懸命演じて、口答え一つしない立派な妻になろうと頑張った。何しろ未信者の妻だったもの。配偶者が信者じゃないのは決定的な欠陥だと思い込んでた。行状が悪いからだって見られるのが辛かったし。結局自分が大切だったかもしれないけど、まぁいろいろありましたっけ。
そんな私に夫は、昔の方がずっと可愛かったと言ってたけど(笑)

今あるのも両親のおかげ、かな〓いやいや、それだけではない。
そういうおりこう口ばかりもう言わないことに決めた、私。

親も普通の人間だった。怒ったり笑ったり、泣いたり悔しがったり。
そういう姿を見て長女として育った、私も普通の人間だ。
私だって私なりに頑張ってきたんだ。私は私らしくいくんだ。

十分だよ、それでいいんだよ。誰も言っちゃくれないから自分で自分に言ってあげるw
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by hanamizukidayo | 2008-12-08 15:43

喧嘩の後始末

昨夜は夫と喧嘩したが、二人とも言いたいことを言い合えば後はさっぱりとする性分なので、
不機嫌さが長続きすることはない私たち夫婦。

ブログに言いたいことを書いてすっきりした。興奮したせいか疲れてその後コタツにもぐりこんで寝てしまったけど。

朝起きていつもの日常が始まった。洗濯しながら夫から渡された書類をパソコンに打込み
夫は夫で打ち合わせの電話に忙しい。手配していた工事の段取りにミスがあったらしく、依頼していた業者に至急文字を訂正して送り直して欲しいと連絡していた。

その間に母の体調が心配だったので田舎に電話を入れたり、お葬式に千葉から参列してくれた長兄の奥さんから、私が送っておいたお礼の品物が届いたという電話も入った。


ひとまずひと段落した頃を見計らって
「お父さん、怒らないで聞いてくれる? 夕べは私、不愉快な話をしてしまったけど、他の人には絶対に言ってはいけないことだったからお父さんに聞いて欲しかっただけなの。
お父さんだって、お兄さんたちとうまくいかなくなってお葬式以来法事にも出ないでしょう。

どこの家にも何かの拍子でいろんなことが明るみになることがあるけど、私は大人として振る舞いたいけど本当に我慢し続けるべきなにか、それとも親戚中に冷たい長女だと誤解されたまま
自分さえ黙っていれば事が丸く収まるのか、判断が分らなかったの」


夫は「君の言うことは分かる。自分も今回自分のことより兄貴に悪かったなと思った。でも葬式の大変さも分るからそういうことは二の次だ、君がこの後田舎にいけないような状況を自分から作ったらいけないと思って君に言ったんだ。親戚の人たちだってバカじゃないから、分る人は君以上によくわかっているはずだよ。

人がある人をことさら強調して褒めるというのは、君に心配をさせたくないという優しさの現われかもしれないしね」


夫には分って欲しかった、その思いが通じてはいたことがわかって嬉しかった。


その後、仕事に行く支度をしていたらコピー機に重なったファックスの中に、事務所から届いたファックスを発見。

「お疲れ様でした。今日までゆっくり身体を休めてまた明日からお願いします」という内容だった。みんなの優しさが心に浸みる。私の周りは気持ちのいい人たちばかりだ。恵まれてる。

今日はこれから職場にお土産を持って挨拶に行き、それから東京まで相続関係の書類のための戸籍謄本をとって弟宛てに送る予定だ。
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by hanamizukidayo | 2008-12-08 12:05

伝言

死にたいほどつらい、
もう立ち上がれない。

自分の未来には、二度と笑える日などこないだろう・・


そうとしか思えない、他にもう考えられない。
今はどうしようもなく、そうとしか思えないのなら
そう思いましょう。しかたがないと。

でも、


それはあなたのほんとうの気持ちではないかも知れない。

自分を欺こうとする病いのせいかもしれないし、
心がもう耐えられないと悲鳴を上げるから、
防御するには、死ぬしかないと思い込んで
しまったのかもしれないのです。

死ぬのは決して卑怯なことではないけれど、

死ぬのに時があり、




いかに死ぬか、
どのように死ぬか


そう思えるようになったら

自分が、どう生きたいかが かすかに見えるようになるかも。
ほんとうはそれが見えないから苦しかったのかもしれない

全然違っているかもね。ごめんなさい。




死んだように生きてみたっていいじゃありませんか。
人の目にどう映ろうと、わたしは、わたし。 人は人。

あの書き込みを、5分後にわたしが見たということに
意味があるのかないのか、どうでも良いことかもしれないけど
久しぶりに今夜訪ねてみたことが、偶然とは思えません。

あなたを慕い、思っている人がいて
あなたを大切に思っている仲間が
たくさんいるのだから

一人で戦わなくてもいいんだよ。


古い記憶、嫌な思い出、現在の悩みもいつか過ぎていくものです。
だから、ほんとうに何もうつ手がないのか、考えてね。 


乗り越えられないわけがないと、呪文のように唱えて。


あなたのような人を 神さまが放っておかれるわけがない。
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by hanamizukidayo | 2008-10-31 01:23

説教おばさんですか?

もういちいち反論するのは面倒で、うるさい一世だと思われるだけだろうから
言いたくない。
だけど気になるものは気になる。そんなでいいの?と言いたくなる。
が、自説を曲げないプライドおばさんだの、説教おばさんだのとこれ以上
思われるのも正直かなわない。

何が言いたいかといえば、「情報は二つ聞かないと間違いの元だ」という意見。

一見まともに聞こえるが、わたしはそうは思わない。
人の話に疑問を感じたり、引っかかるものがあったら、
何でまず「自分」で調べないの?

もしかして、違う二つの意見の両方とも間違っているかもしれないのに。


人のいっていることを安易に鵜呑みにするなんて。

某100円ショップが学会と関係があるかどうかという
くだらない話ではあるけど、
ネットでは常識だと思っていたので、それは間違い情報だと言い切った人にも
驚いてしまったが、冒頭に書いたように、「聞かないと分らない」ものですね~と
これまた片方の情報に感心してしまう人の頭の構造に???

つい最近のことだが、わたしも調べてみたけどどうしても分らないある概念について
あるブロガーさんに質問してみたことがあった。
 2,3日して、返事があった。

そこには、
「ここに書いてあります」って・・・ikipediaが紹介してあった009.gif

わたしもまっ先に調べた上で、もっと詳しい情報がないかと
思って聞いたのだが、その人も知らなかったのか、
あるいは自分で考えろってことだったのかも知れない。


相手への配慮も考えると、言葉のやり取りは自分の意見を時には抑えたり
下にたってよく考え、ものを言わなければいけないことは多々あるけれど
何か違うと感じるものに、ヘンに妥協なんかしたくないなー。
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by hanamizukidayo | 2008-10-17 23:45

秋ふかし・・

隣は何をする人ぞ、なんちゃって。


奥日光の見事な紅葉をテレビで見ると、日光に行きたくてたまらなくなるこのごろです。
一番最後に行ったのはたしか、子供たちと一緒だったから、もう10年くらい前になるかも。
この時期になるとふっと思い出すのは、奥日光が大好きで「自分が死んだらそこに骨を埋め
たい」とよく言っていた、昔勤めていた先のドクター。
ちなみにJWと研究を始めたのもこの頃に当たります。ドクターご夫婦にはベンツで、
何回か紅葉見に連れて行って貰いましたが、もうお二人とも、亡くなられてしまいました。


今、毎日暇をみては、ちょっとづつ息子たちの部屋を片付けています。
空気はかっらとしているし、暑くもなく寒くもなく、動きやすくておまけにきれいさっぱり
いい気分。猫たちも楽しそうに後をついてきます。

息子たちは昨日、二人そろって帰ってきて、今朝一緒に出かけました。
仕事場も一緒なら、お昼ごはんも一緒、帰るのも一緒です。
昔から仲が良くて、兄弟喧嘩をする姿を見たことがない二人。
わたしは兄弟喧嘩をよくしたほうなので、これは主人の血かもしれません。

片付けがひと段落して朝昼兼の食事をとり、八百長事件を見ながらちょっと横になったら、
いつの間にか眠ってしまいました。
今日は映画を観にいく予定だったのに、第2開演に間に合わず。

夕方から義理の兄のお店の手伝いです。
わたしは食べられないけど、秋の味覚を目で楽しんできます。
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by hanamizukidayo | 2008-10-17 15:05

 意味はよくわからないけど 好きな歌 

  人を恋うる歌


妻をめとらば才たけて
みめ美(うる)わしく情(なさけ)ある
友をえらばば書を読みて
六分(りくぶ)の侠気(きょうき)四分の熱


汲めや美酒(うまさけ)うたひめに
乙女の知らぬ意気地あり
簿記(ぼき)の筆とる若者に
まことの男君を見る


人やわらわん業平が
小野の山ざと雪をわけ
夢かと泣きて歯がみせし
むかしを慕(しと)うむら心


妻子忘れて家を捨て
義のため恥を忍ぶとや
遠くのがれて腕を摩(ま)す
ガリバルディや今いかに


恋の命をたずぬれば
名を惜しむかな男ゆえ
友のなさけをたずぬれば
義のあるところ火をも踏む


あゝわれコレッジの奇才なく
バイロンハイネの熱なきも
石を抱(いだ)きて野にうたう
芭蕉のさびをよろこばず


見よ西北にバルカンの
それにも似たる国のさま
あやうからずや雲裂けて
天火ひとたび降らんと


玉をかざれる大官は
みな北道(ほくどう)の訛音(なまり)あり
慷慨(こうがい)よく飲む三南(さんなん)の
健児は散じて影もなし


四度(しど)玄海の波を越え
韓(から)の都に来てみれば
秋の日かなし王城(おうじょう)や
昔に変る雲の色


わが歌声の高ければ
酒に狂うと人のゆう
われに過ぎたるのぞみをば
君ならではた誰か知る


おのずからなる天地(あめつち)を
恋うるなさけは洩(も)らすとも
人をののしり世をいかる
はげしき歌をひめよかし


おなじ憂(うれ)いの世に住めば
千里のそらも一つ家
己(おの)が袂(たもと)とゆうなかれ
やがて二人の涙ぞや
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by hanamizukidayo | 2008-10-12 20:14

古代ヘブライ語の旧約原本によれば、創世記の第1章に登場する神はエロヒム(Elohim、神々という複数形)とあり、第2章の4節からはヤハウェ(ヤハウェー、Jawhe)の名前で書かれていまして、後の文章も全般に渡りエロヒムかヤハウェのどちらかあるいは両者一緒に使われています。この事から、別々の2つの原本が後のモーセ五書に組込まれたのではないかと推定されました。ヨセフスがエジプトに奴隷で売られた話にも、一つの句にはエロヒム、別の句にはヤハウェの名が並行して用いられていますし、ノアの洪水伝説にも同様で・・・もしエロヒムとヤハウェの話を別々に抜出せば、2つの独立した物語(そのうちのどちらか1つを眺めれば矛盾がない一貫性のある話になる)が出来るhttp://www.geocities.jp/todo_1091/bible/jesus/old-testament.htm
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by hanamizukidayo | 2008-09-16 13:12

緊急記者会見

テレビ(NHK)で、9時半から福田総理の緊急記者会見をやるそうです。

辞任?


解散?
公明党と分離する?

緊急会見なので余程の内容でしょう。

まもなく始まります。
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by hanamizukidayo | 2008-09-01 21:12

一神教は諸悪の根源なのだろうか?

ニュースによると、「蟹工船」効果で共産党に1万人の人が新たに入ったそうです。

確かにスローガンは、理想社会への夢をかなえてくれそうなシステムに見えます。
ですが北京オリンピックで見せつけられた、あの中華ナショナリズム満載開会式や
閉会式のマスゲームに象徴された、徹底的な管理社会の不気味さに息苦しさを覚え
ながら見た人も多かったのではないか、と思ったのですが。
共産主義のいう平和も人権も平等も、見せ掛けの絵に描いた餅に過ぎないのは
もう十分すぎるほど、近代の歴史や現実が証明しているのに・・と思います。

最近購入した、モデルカイ・モーゼの「日本人に謝りたい」を読んでいると、  d0115758_1424068.gif 
この本が出版された30年前も今も、多くの人は戦後の歴史認識の間違いに
気付くことなく、現在に至っているんだなぁと感じ入ってしまいます。

8月は、暇さえあればテレビを見ましたが、NHK・BSⅡでは
BC戦犯の裁判を巡る番組や、戦時中スパイ犯として
日本軍に銃殺された、中国人の父を持ち日本人の母を持つ女性の
ドラマだとか、アウシュビッツもシリーズ、原爆体験者の「裸足のゲン」を
書いた中澤氏へのインタビュ番組ーなど等。
いかにもNHKの意図的なメッセージが見え隠れしていましたが、
かといって、他の局ではこういう重たいテーマを取り上げませんしね。

一番良かったのは、ゴット・ファーザー パートⅢでした。
ヨハネパウロ一世が就任何十日かで突然亡くなった不思議な事件を
思い出しました。オペラ座のすばらしい場面と、闇で生きる人々の対比の
見事な演出は緊張の連続でした。余韻が残る物悲しい最終幕章でした。




話は変わりますが、、昨日久しぶりに大型スーパーに入っている
未来屋書店をのぞいてみたら、新書コーナーを目立つ場所に移動して、
一連の品格本やアンチ朝日系、反中ものがうず高く積んでありました。
(ギョーザ事件の影響も大きいのかな)

数年前に出た中西輝政の「日本人としてこれだけは知っておきたいこと」も
一緒に並んでいたので、だんだん意識が変わってきた人たちが増えている
手ごたえを感じました。言ってる私もその中の一人に過ぎません。

「スーチー女史は善人か」と、ニーチェのアンチクリスト(適菜収訳)が目にとまったので
買ってみました。
                               
■暴露本的なタイトルと、やや砕け過ぎかなと感じる翻訳は好みでは    d0115758_148985.jpg
ありませんが、ニーチェはキリストとその教えを否定しているわけ
ではなく、本来とは違うキリスト以降の教え(特に教会)が道徳で縛りつけて、
偉大なローマ帝国を崩壊してしまったゆえにキリスト教は無政府主義者と同じ
だと攻撃しています。
どの宗教にも言えることかもしれませんが、善い教えだからと弟子たちが
熱心にのべ伝えて組織化し拡大するほど、崇高な教えそのものが
人を支配する手段になり下がってしまう、そうなってしまっている現状を
謙虚に認めない教会の姿勢に、ニーチェの燃えるような激しい怒りが
表れています。過激な内容でした。


信じる者は宗教に向かい、疑う者は哲学に向かうという言葉があるそうです。
私は、キリストを否定する気持ちはこれからもあり得ない(恐らく)とおもいますが、
JWの道徳至上主義で何かが壊れた気がする私個人の感覚と、ワイマール憲法つまり
ヘブライの法意識で裁かれたという「東京裁判、」それ以後の日本人の自虐史観が
一直線上に重なって見えてきました。

モラルが無ければ秩序は崩壊しますから、その価値はむしろ認めます。
個人の考えが尊重される自由社会ではそれをどう捕らえ活かすか、
またその責任も成人なら、当然個人が追わなければならないでしょう。

その前提で道徳的あるいは常識だと理解していた事を一度白紙にして、
考え直してみたい気持ちに最近かられています。


(最近アマゾンで求めた本)

■「モーセと一神教」    d0115758_1311599.jpg  

衝撃的な内容のある意味危険な本です。
一神教を作ったのはモーセで、また彼はユダヤ人ではなくエジプト人だった。
ではなぜ、モーセはユダヤ教を創設するに至ったか、そのユダヤ教がなぜ
キリスト教という新しいブランドに枝別れするに至ったか。その沿革と内実に
迫り、フロイトがその晩年に命懸けで書いたと言われています。
まだ途中ですが、難解な理屈っぽさはなく読みやすい文章です。


追記 9月5日

訂正します。
>難解な理屈っぽさはなく読みやすい文章です。

たいそうな口をきいてしまいました。好奇心にかられて読み出しましたが
難しい内容だと感じています。


この本は、精神分析の権威者フロイトの
「もはや失うものがない者に与えられた固有の大胆さでもって・・
書き上げられた恐るべき遺書」です。

エジプトの高貴な家出身(恐らく武士)のモーセの宗教は、古代のイクナートンという異端を
崇拝した王と同じ、アートン教だった。エジプトは多神教の神々を崇拝するが、アートン教は
一神教。
このモーセがエジプトの奴隷だったユダヤ民族を「選んで」、モーセ教を創設し、エジプトから
出た後、カデシュで民に殺されてしまう。様々な事件や時間的な相互関係からみて、ミディアンの火の神(火山の神)だったヤハウェを信仰するイェトロの娘婿が次のモーセになった。
つまり、モーセは二人の人物からなり、後のモーセ教(多神教の一つだったヤハウェ)が一神教
の神の名を名乗ったが、実質的な一神教は古代エジプトのアートン教だった。

わずかに残る碑文や資料などを元に書かれている。フロイト自身も仮説だと認めている。
第二次世界大戦直前のヨーロッパで、ユダヤ人の危機が身に迫る中で、カトリックに親しんだフロイト自身のあるいは、ユダヤ教とキリスト教・もしくはヘブライズムとヘレニズムの相克を問い詰めているのかもしれない。 まだ3分の一しか読んでいない段階なので今日書いたものは
書き直すかもしれません。










■「アメリカの鏡・日本」   d0115758_1325239.jpg

読む価値ありと思って買いましたが、また未読です。







■ローマ人の物語」、去年か一昨年、途中まで読んでいたのですが
 いつの間にか忘れてしまってました。
 この本も  大変参考になる予感がします。



Wの「家族生活」の冒頭に、「強大なローマ帝国は  
道徳の衰退によって滅んでしまった。ですから、
堅固な土台を作るために、社会の一番小さい単位である家族が  d0115758_1351136.jpg 
道徳によってしっかりと基本を作らなければならない」と、
そういう意味合いの説明がありましたが、
それぞれの立ち位置から見れば逆もまた真なりという事なのかもしれません。





キリストの勝利―ローマ人の物語XIV―
キリスト教によるローマ帝国の乗っ取り――それはいかにして成されたのか。

キリスト教を公認した大帝コンスタンティヌスの死後、その親族を襲ったのは血なまぐさい粛清であった。生き残った大帝の甥ユリアヌスは、多神教の価値観に基づく寛容の精神と伝統の復活を目指した。だが、その治世は短命に終わり、キリスト教は遂にローマ帝国の国教の座を占めるに至るのだった。
   解説より
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by hanamizukidayo | 2008-09-01 00:21