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カテゴリ:宗教( 87 )

心に残る名言より

願いとさだめとを内面的につなぐものは祈りだよ。
祈りは運命をよびさますのだ。
運命を創り出すと言ってもいい


『出家とその弟子』


なにもかもよかったのだな。
わしのつくったあやまちもよかったのだな。
わしに加えられた傷もよかったのだな。
ゆきずりにふと挨拶をかわした旅の人も、
何心なく摘みとった道のべの草花もみなわしと
はなれられない縁があったのだな。
みなわしの運命を成し遂げるために役立ったのだな


『出家とその弟子』


人間の純な一すじな願いをつき詰めて行けば、
皆宗教的意識にはいり込むのだ

『出家とその弟子』


恋するとき人間の心は不思議に純になるのだ。
人生のかなしみがわかるのだ。
地上の運命に触れるのだ

『出家とその弟子』




    …・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



今でも興味や関心を無くしたわけではないし、宗教性を含んだ
健全な言葉というものは、キリスト教・仏教に限らず

善いものは好きだ。


でも、政治経済と宗教の結びつきのあり様から陰謀論へ
果ては、聖書翻訳の信憑性に疑問を投げかける学者の
本を数冊読んで過ごした数ヶ月を経た今、教会関連のブログ等に
向き合うのは、正直苦痛になった。

現実に仕事で接する機会があった一部の教会員への幻滅もあって
キリストの教えは、最初に書かれた聖典「マルコの書」だけ読めば、
後はもうどうでもよいという心境になってしまっている。

ニーチェも学者たちも、キリストの教えそのものには、批判を加えていない。
JW時代からパウロの書いた(と言われる)書物には感動できなかった。
ヤコブの手紙やペテロ2巻のほうがまだ好みに合っていた。


今朝の名言を感心しながら読んだが、最後の箇所に行った時、
ふと遠い記憶がよみがえった。

不謹慎を承知で書くのだが、私はJW時代にMTSから来た長老の一人に
恋心に近いときめきを感じた一時があった。その頃
私が長年在籍した会衆では、会衆内の人々の多くが、羊飼いの居ない子羊のような状態で、
圧政的な主宰監督に忍耐を強いられ、霊的な滋養物が何も与えらずに苦しんでいた。

その兄弟が主催監督として会衆に来たのは、協会の路線変更か、巡回監督の計らい
かは分からないが、組織が大量の長老を整理してMTS出身の監督たちを送り込んだ時期と
一致している。周囲の会衆でも大勢の長老団入れ替えがあった。

当然ながら、事前の訪問時に巡回監督主導で様々な問題の内密調査が実地された。
ちょうど今の民主党代表選直前のように人脈、派閥、敵・味方に分かれるように、
あるいは先行きを読んで保身に走ったいわゆる「神権家族」もいた。
私は彼らを軽蔑した。
今も同様で、わが身の保身しか考えない汚いやり方をする人間は嫌いだ。


「改革」の痛みは弱い立場の個人にまともにぶつかり、切り刻まれた心の後始末は
残された人々が個人的に負った。

どんなに個々の傷は深くても、組織の規則とおりに
「エホバ」のご意思のままに、「エホバ」が介入し「上」で取り上げられたのだから、
個人がそれ以上問題の本質や解決の手順や問題そのものにさえ口にすることは
出来なかった。相互の痛みを分かち合うことも許されない。
そうすることが「認識」であり、責務だと生真面目に考えていた。


やがて、暗黙のうちに励ましあう存在だった姉妹たちが引越し始め、一人去り
二人去り・・・・会衆から消えて行った。最後に残った私は一部の「霊的に強い」姉妹たち」の
陰湿な嫌がらせを受けるようになった。
だんだんと集会や奉仕に出かけて行くのが苦痛になりだした頃に、
その兄弟がやって来た。

若くても優秀で、誰に対しても分け隔てをせず、片親の家族や高齢の人々を
優しく気遣う人柄を尊敬の念で見ながら、いつしか惹かれていった。
巧みな教え方やその人柄は、研究生にも人気が高かった。
私の車を運転してくれて、研究に同行したり、奉仕もよく一緒に組んだ。
今はもう廃車にしてしまったが、当時は割合グレードの高い車に乗っていたので
彼にとって、単に車が気に入っただけだったかもしれない。

であっても、頻繁に牧羊の機会を設けてくれ、奉仕の僕とか他の兄弟抜きに
1対1で個人的な悩みを受け止めてもらい、辛い時期には毎晩のように電話で
祈ってくれた。

慈愛に満ちた眼差しや、落ち着いた静かな
そのささやくような声に幾度となく癒された。


JW時代の懐かしい思い出はたった一つ、短いが
恋してしまうくらい素敵な長老と過ごした期間。


もうすっかり風化してしまったが、ちょっぴり思い出してしまった。
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by hanamizukidayo | 2009-05-14 13:08 | 宗教

世界を裏であやつる人々の存在 ー 1



先日、「養老猛と渡部昇一両氏の対談」というコピペ記事

(こんな感じ)
渡部
老子の言葉に、「知恵出でて大偽あり」というのがありますが、本当に大きなインチキが出たという感じです。ロックフェラーやフォードが生きていた時代には、小さなところではいっぱいインチキがあったでしょうが、やはり「大偽」はなかったと思うのです。そこは神と直接向き合うピューリタンの心をもつ人が多くいましたから。


 渡部
 カトリックでは聖書を読むのは神父たちだけで、しかも勝手な解釈をしないようにローマ教会が抑えつけていた。それが聖書を印刷し、庶民が読んで勝手に解釈するようになったのが宗教革命です。インターネットはさらにそれを上回る革命かもしれません。しかし、大学の論文の審査は逆に、すべて口頭試問になるかもしれませんな(笑)。



この記事に、ハマーさんよりのコメントで、さらなる興味深い動画を紹介して頂きました。

ハマーさん、いつもありがとうございます^^


以前に見た300人委員会や、ヘブライの館というサイトと関連ありそうな内容だと
思いました。参考までにそのアドレスを貼っておきます。

http://inri.client.jp/hexagon/floorA2F/a2f1501.html


ところで、池田教であれ、ものみの塔という擬似宗教組織にかかわった人であれ、
大切な人生を、「一握りの人間」に都合良く支配され、終えてしまうことは
あまりにももったいない話で、残念なことです。またその代償も大きい。

かかわった時間はもう取り戻せないから、失う物は大きい。また、
健康や神経系に支障が出るケースもたくさんある。。絶望や激しい落胆。

落ち込み、長い年月かけてのリハビリが必要な人もいるだろう。


しかし、それでもほとんどの場合、時間はかかっても必ず回復するはずだ
と、私は信じたいし、確信に近い気持ちを持っている。

人間はそれほどヤワなものじゃないし、死にたい死にたいが
口癖のお年寄りでも、最後の頑張りに思わず、目を見張る場面も
見てきたからかもしれないが。

ま、あくまでも個人的にそう思うという程度なんだけど。


話が逸れてしまったが、私がそう思うようになったのは、
なぜなら、私たちは、例えば北朝鮮のような独裁国にいるわけでもなく、

「自由社会の日本に住んでいる」のだから、ということ。

たとえ両親がJWで、JWワールドで育った来たという現役二世、三世や、
辞めても、もはやこの社会に適合して生きてはいけないのではないかと
言われがちな性格や、年代の人々(団塊の世代以上のことか?)を、
慮って、一見彼らを思いやり、そっとしておいたほうが彼らの幸せではない
のかというような趣旨のご意見をエホバ系掲示板などで見受けることがある。


たとえば
JW組織しか居場所の無い人、選択肢そのものが無い人もいるわけです。
特に団塊の世代とその二世達は『組織に今まで騙されてきた』と
認めることイコール自己否定そのものです。


でも、私はこのような考え方に疑問を感じてしまう。

「それって、本当の愛か?」と。


真実に耐えられるか、耐えられないかはもちろん一概に言える
ことではないことだ。
しかし、
他の人が、昔の友人・知人・親族を含め
「彼らには通じないだろう。何を言ってももはや手遅れ状態だ。」
そのように決め付け、遠くから見守っているだけの姿勢、スタンス。
申し訳ないが、
少し利己的で、少し自己中心的な考えではないかなという気がする。


たとえ、憎まれても嫌われても、一部に反感を持たれても、覚悟
を決めて、自分のブログで、一途に本音を語る元JWたち。

あるいは掲示板等で発言している人たち。


彼らの存在があってこそ、今の私があるわけだし、
また私たちは中に捉われた個人を標的に、責めているのでもない。

しかし時と場合により、そうせざるを得ない事もあるだろう。また長年、
たくさん経験し、自分の為に書かねばならない必要が生じることもあるのは
当然のこと。


私が、「許せない」と心から思う事は、宗教の仮面をかぶった
世界的な営利団体JW組織で、
その欺瞞を暴くことを一番の目的に考えたいと思う。


そして同じ体験をした者同士が、共感しあいつつ今度こそ、自分で選択して決めた
自分の人生を生きるために、その過程で時には壁や障害にさえなる
「いわゆる霊的な傷からの回復」にも

(続く予定です、肝心のハマーさんご紹介動画まで話が及ばなかったので)
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by hanamizukidayo | 2009-01-22 10:40 | 宗教

不活発&自然消滅組



忌避する
- 遠ざかる;周到に、または、一貫して避ける(Webster's New World Dictionary)
- 関係しない;避ける(Funk and Wagnall’s Standard Desk Dictionary)
http://www.stopover.org/lib/translation/shunning.html


今夜、自然消滅中の元エホバの証人の姉妹からメールがあったので、
久しぶりに上記のサイトを読み直してみた。

062.gif夕方薄暗くなった駐車場で、近所の〇姉妹に声をかけられたんだけど
いきなりおかしな挨拶してきたから、頭に来て、もう組織に戻るつもりはないの!
と言ってやった。途端に彼女、すーーーっと去って行ったわ 」

私「 その様子では、もしかしたら長老に報告がいくかも知れないから
万一の時に備えて、心構えしておいた方がいいかもね。」


062.gifそうね、今さらつまらない厄介ごとなんか、かかわりたくないよね。
たかが宗教なのに、なんて面倒なんだろ013.gif

ということで、取り合えず


〇姉妹の非常識な挨拶や態度(霊的に弱った人ねと哀れみながら見下す目線)に
腹が立ったのは事実です。不完全ですのでつい、感情的な言葉を口走ってしまいました。
私の病気がまだ完治していないことに免じて、寛大な愛で覆って下さいますように、
〇姉妹にはよろしくお伝え下さい。

こんな感じで、えほば神さまを否定したわけではないし、これで
〇姉妹のお節介迷惑被害対策にも効果になればいいわね。


などと話し合ったが、私自身もなるべく感情的にならず、のらりくらりと
かわす術を付けなければならない同じ身上である。


敵の存在があって一致するグループは宗教ではなく、軍隊である。憎しみには焦点が必要であるが、愛にはその必要がない。慈愛に満ち、神を崇拝するグループは対立せず、裁かず、異端者を排撃しない。それは、自分自身、友人、家族、あなたが理解する神との関係を育むのに安全な場所である。排斥の記事より抜粋
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by hanamizukidayo | 2009-01-12 23:54 | 宗教

自分の気持ちをごまかさずに生きるということ



穏やかな天候に恵まれたお正月休みも終わり、今日から我が家は
全員仕事初めです。

出かける前に記事をアップしようかなとパソコンに向かってます。


息子たちは昨夜、猫とお別れをしのびながら事務所に戻っていきました。


たまちゃん猫はすっかり長男の顔を忘れて、抱っこされると

「フゥウン、ウウゥン」 しばらく我慢した挙句に、引っかいて逃げて
しまうので、「 こいつ~ 」と笑いながらも少しショックだったかも(笑)


「 じゃ行ってくるね ]~と出て行った二人を、猫たちを夫と抱いて見送った後
少々寂しくなってしまいました。




昨日もまた最高に良いお天気でした。

ぶらっと出かけてみようかということになり、
結局地元の神社にまた初詣参拝。



一昨年のGWで私は、箱根神社にJWを辞めて以来数十年ぶりにお参りして、

資料館のビデオで天皇や神社の祭祀の模様を眺めていた時、


森元総理ではないけれど

「 日本は神の国」だ
祭祀に司られた栄えある国なのだ

国家国民のためにひたすら祈る天皇陛下の祭祀の庇護にある
すばらしい国の民だったという自覚が鮮明に蘇りました。



神社に行くと日本人でよかったと素直に嬉しくなってしまいます。


境内に掛蹴られた絵馬を眺めのも楽しみのひとつです。


昨日も


「ロッテが日本一になりますように。母が元気でいつまでも幸せでいてくれますように」

「大好きな人と幸せな結婚ができますように」

「ねえちゃんが一つばしに合格しますように。字がうまくなりますように  ひろし」

「志望校に合格したい。よろしくお願いします!」


思わず涙が出るほど微笑ましいのは温かな家族の絆や人情に

私のほうが元気をもらえるからなのかもしれません。



昨日はある、尊敬しているブログ主様から頂いたお返事を胸に刻んで

「祈り」や「願う」という主観ではなく、「 他力本願により生かしていただいている 
という意味を思いに「念じ」て参りました~^^

亀戸天神さまより比較的空いていたせいもあり、落ち着いてゆっくりと。




やっぱり最後の最後は

打倒、JW! 脱塔仲間もこれからの人もみんな頑張れ 」 で締めました038.gif

お気に入りブログのひとつより・・・・・
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by hanamizukidayo | 2009-01-05 11:13 | 宗教

審理委員会のこと



90年代後半からの数年、不活発になってJWを辞めたいきさつや出来事の中で
すっぽり抜けてしまった記憶のひとつが審理委員会のことだ。

あるブログの脱会現在進行形奮闘記を読みながら、応援していたが
「今の現役の方たちの意識はスゴイ!」感情に流されず、しかも
自分のことだけでなく家族や友人たち、守るべきひとたちへの配慮も忘れず
勇敢だ。後に続く人たちに心強いインパクトを与え、ボロボロになって辞める
のではなく、明るく強い再スタートをきろうとする姿に頼もしさを感じながら
読んでいた。

突然、自分の経験を思い出したのは、今月20日以下の記事を読んだ瞬間だった。



(一部引用)****************

詳しくどんな訴えがなされているのかを書いたものや、
排斥の決定をした場合には、その排斥通知ですら、
本人に対して文章化したものは渡さないのが基本です。

(今回の手紙も、必要最小限の情報しか記載がありません。)

それは、訴訟などを避ける為の、
証拠を消すための協会の巧みな方法でもあるのでしょう。

(コメント)hanamizuki************

文書化しないとは知りませんでした。

うちの息子も審理委員会にかけられたことが
あったんですよ、昔。
悔い改めて行こうと頑張ろうとしている姿が悲しくて
「 もういいから、今までよく頑張った。もう十分だから 」
そう言いました。
集会に行ってもみんな無視でしたからね。

ある日息子の気持ちになってみようと
やってもいない「 罪 」を告白して
体験したことがあります。

排斥は絶対、愛ある取り決めなんかじゃないと
実感しましたね・・・・

しかし、なんでそこまでやるかって不思議???
よほど暇なんでしょうか

*********************




私は息子の姿が本当に可哀想でたまらなかった。そんな中、息子にも声をかけて「 集会に行こう 」と励ましてくれる私の友人が一人だけいたが、行っても周囲の視線の冷たさよりも、無関心さに私の方が参った。

「 誰が見た(目撃)のかも分らない、そんな所に行くのは嫌だ 」と言う息子に
「 忍耐しよう、集会だけは続けよう 」と押し問答の末、やっとの思いで支度する息子。

末席で針のムシロのような精神状態がしばらく続いたある日、むしょうに腹が立ってきた。
「 別に、一般信者は声かけてくれなくったって仕方がないけどさ、長老たちの仕打ちは
あんまりだ! 危険人物のように無視して、いい大人が霊的牧者のくせになんだあの態度は! 」

元々息子の件では、審理委員会の段階で小さな疑問は幾つか感じるものがあった。
息子がすぐ事実を認めたこともあるが、証人も明らかにせず。私も親として、
報告した人に「 教えてくれてありがとう 」と感謝を言おうとさえ思っていたのに。

今思えば本当に些細な、一般社会では別になんてことない「罪」だった。
でも当時の私も息子のやったことは、信じられないほどショックではあった。
自分のせいだと思った。介護や仕事がらみで起きた会衆内のゴタゴタで、
巡回監督にまで報告が行き、自分の問題にばかり気をとられて、
家族のことは後回し状態だったから。会衆は王国会館建設。
張り切っている長老団。相談できる雰囲気はなかった。


「 もう十分よくやった 」と言った日から、息子はすっきりした顔して完全に辞めた。

「 お母さんも、もうしばらくしたらやめるから。でも偶像と淫行と血は避けようね。辞めてもこれだけは守って行こうね。後はたいした事ないんだもの。」そんなことも息子と約束しあった。

やってもいない「 罪 」を報告したのは、今夜で最後にしようと決心して出席した晩の集会の日だった。
いろんなことがあったな~と物思いにふけり、その日は王国会館に遅くまで残っていた。一人で
駐車場に向かう庭先で立ち止まり、ぐるりと回りを眺めながら「 さようなら 」とつぶやいた、その直後、一人の長老に声をかけられた。割合何でも言える雰囲気の若い長老だったので
「 疲れたからしばらく休みます。」と、告げた。

疲れていたのは本当だった。何年も安定剤を飲まなければ集会にいけなかった。

長老 「 駄目だよ、姉妹!今がんばらなきゃ。エホバと子供のために姉妹がしっかりしなきゃ 」

「 エホバと子供のために?」その時、私の口から出た言葉
「 そうですよね。でも私、エホバにも罪を犯してしまったし、もう来る資格ないんですよ 」

というわけで、この顛末が後で思えば組織に見切りを尽けるいい経験だったのだが、、きっぱり辞めるまでさらに2年、無駄な時間をかけてしまったと言えなくも無い。
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by hanamizukidayo | 2008-12-28 11:29 | 宗教

病気’”絶対に”治らない考え方をする人たち ’’



JW的思考の後遺症、幾分引きずっている思考パターン。
いや、JW以前の問題だろう子供時代のトラウマ。

掲示板で「治らない考え方・・」を見かけた日、自分の傾向に気がついた。

真逆方向に転換せねばっ039.gif


すっかり忘れていたが
子供の頃、テレビで「にんじん」という映画を見た。
妙に心惹かれ、大人になってから本を読んだ。



パールバックの「大地」も
主人公の妻・・・あらんという名前だったかしら
私の人生だと涙しながら読んだ。

もちろん時代も背景も違うのだが、
私は踏みつけられて一生黙々と働くしかない
無能な人間だと
思い込んでた。

そういう自分に酔っていたのだ。



W系でみんなに出会って、またオフ会がなかったら
ずっと冷めた目で見ていたかも知れない。

 
 <  虐待を受けた人間はつるまない・・・  >



でも
冷たい人間から受けた傷は暖かい人間からしか
癒されない。愛のない宗教に傷ついた心は
本物の神さまに責任取ってもらうことにし、
私はつるんでいこうかな。



という訳で、昨今あちこちの掲示板やブログにお邪魔しては
応援してみたり、勘違いコメ書き込んだりして
ほんとにオジャマになってるかも。

どうぞ、今しばらく大目に見てくださいませ <(_ _)>
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by hanamizukidayo | 2008-12-26 13:33 | 宗教

クリスマス・イヴ  

昨夜は教会のイヴ礼拝に出席するつもりでいたが、結局行けなかった、というか
行かなかった。


去年、訪れたあの小さな教会にも、今夜の礼拝には、きっと
たくさんの人たちが訪れたことだろう。賑わっている様子を思い
浮かべながら、スーパーに寄り9時過ぎに帰宅した。


仕事が終わったら直行する予定だったのだ。。

で、いったい何していたかと言えば・・・・・・


先日も記事にした仕事先のクリスチャンご夫妻が、家庭集会のようなものを
開いて下さり、最高の楽しい時間を一緒に過ごしたのだった。



3時に訪問すると娘さんが見えていた。今夜は礼拝の受付担当なので
早目に帰る。母たちと一緒に今日はケーキ食べてって下さいと言われ、
とりあえず
頼まれた果物や食材を買い物して戻ったところ、テーブルに書置きが・・・


「先に帰りますが、どうぞ一緒にお祈りしてケーキ食べて下さい。
二人とも賛美歌が好きです。お願いします」


来客用のコーヒーカップやケーキのお皿がセッティングしてあり、
奥さんはコーヒーの用意をしておられた。

奮発して(と言っても私が買ったのではないが)買って来たイチゴのおまおうを
ケーキに添えてさっそくお茶会。

お祈りは今日も奥さんだった。
072.gif神さま わたしたちのために来られたイエス様にこころから感謝します。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今日はいつも来て下さる・・・・・・・?『すみません、名前わすれました・・・・』

■(横から旦那サン 「 0 0 さんだよ」)

はい、0 0 さんでした。 よくしていただいて いつも感謝しています。


     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

もう長いこと教会へは行ってませんが (横から旦那サン >この前行ったよ!)
・・はい。これからも神さまを 忘れないよう に暮らしていきたいと思っています。

    
      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

主人と、0 0 さんと一緒に、これからケーキをいただきます。
イエスさまのお名前を通してお祈りします
                          アーメン




途中で切り上げることも出来たのだが、ご主人の体調が普段よりも
格段良くて、このチャンスを逃したくなくなってしまった。

このチャンスと言っても深い意味はないのだが、お元気な時に
いっぱい話したかった。クリスチャンになったいきさつ、信仰
ご家族のこと、結婚までのいきさつ 

普段は奥さんのケアのためにうかがっているので仕事の合間は
わずかづつしか話せない。体調が優れず、寝ておられる時も多い。
滅多にない機会だと思った。

ご主人は、私が教会に行く時間を気にかけて下さってはいたが、
聖句を読んで讃美歌を歌った後、すっかり自分のほうが話に
夢中になり、昔のアルバムを出してこれまでの歩みを
披露して下さった。

大学時代に信者になったこと、車(セドリック)で教会に通った。
趣味はテニス。 想像はしていたが良家育ちのエリートだった。
昭和28年のアルバムには九州は長崎から北海道トラピスト教会
至る所で写した写真の数々が出てきた。

ある時期は赴任したマレーシア、またある時は北欧の教会

教会も国際色豊かだが、セピア色した長崎グラバー邸からの眺めや
戦前の大浦天主堂の写真もあり、私の目にはすばらしい希少価値あり
と感動だった。日本のキリスト教の歴史の一端に触れた思いがしたのだ。

「奥さんと結婚されたのは信者同士だったからたですか?」
と訪ねたら、知り合いの紹介で、信者だからということではなかた
という。

60年以上、同じ信仰の価値観で結婚生活を送ってこられて
00さん、お幸せでしたね。(私はお名前で話かけるのだが)

「ご主人のような方とお見合いされた時は嬉しかったでしよう?」と聞いたら
旦那サンの目線から離れた場所に移動して、声をひそめ・・・・・・


「それがね。もうボロボロだったのよ007.gif」と涙ツーツーの仕草をされる。
2回もされたので、あら~~(爆)  思わず肩を叩いてしまった!!!

本当にお茶目な方だ。二人でお腹が痛くなるほど笑い転げた。

末っ子だったから両親が早く結婚させたがったので、学校の先生を辞めるのが
悲しかったという意味らしい。昔はそういう時代だったと。


来年もお元気でいて下さいますように。
神さまを「忘れないように」願う想い・・・・・・・・(感涙)


感動の家庭礼拝でした072.gif072.gif072.gif
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by hanamizukidayo | 2008-12-25 10:11 | 宗教

  聖夜

そうそう・・・・朝からボヤいてしまいましたが、今日も良い日でありますように。



 d0115758_845154.jpg メリー クリスマス

     みなさまのお幸せをお祈りします    
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by hanamizukidayo | 2008-12-24 08:05 | 宗教

 同感  ・  感謝(涙) どせいさんの掲示板より



おじゃまします あらら 2008/12/21 19:28
女性   元1世信者 東北方面 牛タン


こんにちは

>元JW活動が不活発なのかしら??

↑にはつい噴き出してしまった(笑)

はなさんのおっしゃる
>せっかく長文コメに慣れてきたってのに、
いきなりいなくならないでよ~

という、ほりきたさんへの気持ちに同意w

(略)


愛媛…    SOS 2008/12/21 19:55
男性 30代 元2世信者 土星方面 いくら醤油漬け



まだこれからなのでしょうか。そのうち四国にもどせいさんファンが大勢出来ますねきっと。(^▽^)


現役JWの方が辞める決意に至ったのは素晴らしいですね★


はなみずきさんとほりきたさんのコメントで考えた点が2つあります。

簡素に述べるので語弊あります。誤解を与えるようなものかもしれないですが…


■神様の存在について。

仮に神様が実在しないとしても、神様の存在を信じる事は個人にとっても社会にとっても有益であるということ。神様が実在しない場合、神様という概念は人類最高の発明であるということ。そして神様を信じる人は同時に安全弁として科学的(論理的)な思考も磨くこと。神様が実在する場合、それは広範で包括的で偉大であるはずであること。全ての宗教は“物語”または仮説であること。宗教は良いものと悪いものがあること。それを踏まえた上で日本人であることを大切にすること。


■組織を出る事の大切さとこの教団の構造的な無神経さ、傲慢さ

この組織には数多くの良心的な人が存在し、良心的な出来事も起こるし、ときには良心的な記事もあるが、それらは組織内の存在である限り、結局はこの組織への人々の帰着を促す結果に終わってしまうこと。また、ほりきたさんの司会者に代表されるような、許されざる無知と無神経さ残酷さを、JW組織は構造的に普遍的に発生させる環境であること。いわゆるセカンドレイプという二次被害ですが、JW教育はその類の精神的虐待を神の名もしくは愛の名のもとに行う救いようのない価値体系のもとにあります。精神的に無理な歪んだ被虐的な要求が多く、無知と無理解が何百年も前の社会水準のまま、恐るべき信念によって後生大事に守られているということ。
千歩譲って言えば、この教団は恐ろしく耐用期限の切れた致死的な宗教系社会装置なのです。人を大事にしない、人を何人ひき殺しても大きな車輪を回し続けるのが正義、というのが、全てのコーティング・ラッピング・トッピングを取り除いた後に残るこの宗教の核なのです。



同感です 島   2008/12/21 22:35
女性   元1世信者   塩むすび


突然にお邪魔します。
SOSさん、全くもってその通りですね。

組織の中にいることが居心地よいと思っている人たちもあり、良い人たちも居られると、甘口なことを言うことに、わたしは苛立ちを感じます。

何十年も、忠実にエホバに仕えていると自負している人たち、ここに至っていい加減、目が覚めてもよさそなものだとわたしは思います。

しかし、止める気持ちに傾いている人たちにとって、どせいさんの様なユーモアをまじえた語り口、かつてのSOSさんの様な丁寧で穏やな語り口は、非常な力になり助けになります。これからも、目を覚まされる人たちが増えますように。


  ありがとうございました。 ラハムさん、また久々にお話できたカーラさんへも053.gif053.gif
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by hanamizukidayo | 2008-12-22 12:36 | 宗教

ごめんね

あんな言い方しかできなくて

さらっと素通りしちゃって
ごめん(涙)



辛すぎる


あんまりだ

よく生きたねって、力いっぱい
抱きしめてあげたい


祈るしかできません
祈らせてください

茨の道を強く生き抜いたあなたを
神さまが支えて下さるように


私も弱い人間だから全部神さまにゆだねて
明日、教会で祈ります。




そしてまたこの言葉をあなたに送ります。 


自分に対して
とことん正直に
なること、
それが心身に
よい影響を
与えるのである。

(by フロイト)>

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by hanamizukidayo | 2008-12-20 23:50 | 宗教