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カテゴリ:日常( 98 )

勘違い 度忘れ ただ乗り

今朝は10時からピンチヒッターの仕事を頼まれていたと思い込んでいた。
業務不履行を防ぐために必ず連絡することになっている留守電に、朝一番
伝えて、シャワーを浴びていたら、提・責から電話が来た。

「この間頼んだ00さんとこのケアは、来月の話だったのよ。
昨日ファックスも送ったんだけど。今日は行かなくてよろし042.gif


逆勘違いでなくてほっとしたが、最近こういう間違いをしょっちゅうしている。

昨日の忘れ物は財布だけだったが、先日は
駅まで行って、改札でいざスイカという段階で、
カードも財布も携帯も全部、一式家に忘れて出た事に
気が付いた。

遅刻するわけにいかない。が、どこにも連絡が出来ない。

始末書書かされ、全事業所のミーティングでも取り上げられる。
何よりも利用者さんに迷惑かけてしまう。

取りに戻る時間はない。ポケットに小銭一つ入っていない。
お手上げだ。


「すみませんが・・・・」と、駅員さんに声をかけた。
「00駅まで乗せてもらえないでしょうか?」

駅員さん 「はぁ・・・・事情は分りました。どうぞ~」


降りた駅でただ乗りした事情を話し、書類に名前と連絡先を
記入。「夕方6時に支払いに来ます」とお礼を言って、無事に
間に合った。

乗せて下さった最初の駅には、お礼がてらお茶菓子とお茶を
届けた。


そいうことがあったばかりだというのに、次の日は
母親に送るため買った毛糸の靴下やズボン諸々
真冬グッズを詰めた買い物袋をどこかに置き忘れた。

買ったお店で直送すべきだった。
一応お店や駅で聞いてみたが、
今回は見つからなかった。


父が死んだというのに、特別悲しくもなく
普段よりむしろハイになって、睡眠時間は
4,5時間で十分。
人と会うのも楽しく、暇さえあれば買い物バンバン。


今朝来た生協の配達のお兄さんに
「顔色良くないですよ。だいじょうぶですか~?」
と言われ

「そう(躁)かもしれない」と笑いあった。

今日は予約変更オッケーらしいので、予定を変えて美容院に行って来ます。
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by hanamizukidayo | 2008-12-23 11:17 | 日常

雨の月曜



最近なるべく歩こうと、天気の良い日は電車やバス、もしくは歩きで
仕事先に向かうことが多い。今日は財布を忘れて出てしまい、
かろうじてポケットに入っていたスイカでバスを乗り継ぎ
駅前茶店で甘ったるいカフェモカをオーダーし、
一服してから店に向かった。


今日も夕方から義兄に店の手伝いを頼まれていた。
え~~っ、また来た~ 013.gifこっちは朝から仕事してるっつうのに・・・・・(`´)

毎度ながらお願い電話に一瞬、ちょっとばかり、思わなくもないのだが、
「晩飯のオカズ用意しとくよ。肉がいいか?刺身か? 悪いね、悪いね」と
気を遣ってもくれる義兄なので、やっぱり困った時は身内同士、お互い様だ。

「じゃ、赤身でいいから刺身お願いしまーす」とOKしてしまう私。

引き受けるからにはお客商売、ニコニコ愛想良く気配り目配り。
運動不足解消のチャンスと、二階の階段を上ったり降りたり、
料理運びや洗い物、その合間に義兄の技術を盗んでいる。
と、言っても義兄は何でも教えてくれるし、味見もさせてくれる。

季節の物をうまく調理し、お客に喜んで貰うのが何より
生き甲斐のような義兄の姿もなかなかではないかと
心底思っている。口は悪いが優しい義兄夫婦だ。


昼間の仕事先は、週に2回行くプロテスタント信者ご老夫婦だった。
アルツハイマーのご婦人はもう半年も経つのに、介護人の
名前も顔も覚えられないが、すばらしい祈りをされる。

食事前だけでなくおやつの時も、ご主人ではなく祈るのは奥様だ。
コーヒータイムには、私の分まで用意して下さる優しい方である。
もちろん仕事なので、お断りするのが原則なのだが、
私はこの家では喜んでいただくことにしている。

「せっかくですけど戴いてはいけない決まりなんですよ。」
と一応断る。

「お手伝いに来て下さてるのだから、あなたは家族と一緒よ」

「じゃあ遠慮なく頂きますね。ああ美味しい~」063.gif

毎回このパターンだ。ご主人も穏やかな方で
体調の良い日は、教会の話や
軍隊で賛美歌を歌ったエピソードとか、現役時代の仕事のこと
あるいはニュースの話題など等、面白い話が尽きない。

もうかなり高齢なのだが、夫婦仲良い穏やかな生活振り。
教会へは行けなくても聖句は記憶になくても、激健忘症
であるのに、
清清しく部屋を整え、こざっぱりとした身だしなみ
人への気配り・・・ユーモアのセンスも豊かなこの方の
生き様は見事なお手本だと唸ってしまう私だ。

クリスチャンだから偉いとか、尊敬するというのではなくて
アルツハイマーになっても一般的に経過する物盗られ被害妄想などの
周辺症状が無く、人格の崩壊もなく、ただ物忘れが激しいだけ。
こういう方に私は今までお目にかかったことがない。

精神的な気高さに圧倒される。信仰の押し付けもない。
長い間九段教会に行っていたのよ・・・それだけである。


源氏物語を諳んじ、戦前師範学校2年で学ばれたという
神皇正統記を見せて頂いた時は、身震いするほど
嬉しくてならなかった。


昨日は娘さん夫婦がお迎えに来てクリスマス礼拝に行かれたそうだが、
本人はすっかり忘れておられたが、「日記」を読ませてもらうと昨日の
様子が詳しく書いてあった。

面倒くさいから行きたくないと仰っていたが、最近体調の良い
ご主人は「クリスマスくらい教会に行こう」と仰っていた。


私はと言えば・・・・昨日は息子に頼まれた用事や宅配の受けとり
モロモロで、礼拝に行きたかったが時間がなかった。

そんな訳で、用意しておいたが教会に届け損なってしまったカサブランカは
日頃の感謝を込めてその方にプレゼントした。「クリスマスおめでとうございます。」            072.gif072.gif072.gif072.gif072.gif                 072.gif072.gif
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by hanamizukidayo | 2008-12-23 00:26 | 日常

日々の流れは 速いもの

父が亡くなって二週間あまり・・・・半年前に同様の経験をされた友人に

「自分でもうだいじょうぶ、はなさんはかなり立ち直ったと思ってるだろうけど、いや、
親の死はジワジワ・ジワジワ来るの。後から後から押し寄せるからなるべく
無理しないほうがよいよ」と、忠告された。ありがと^^



田舎が遠いせいなのか、いまだに実感がないのだ。

幸せな最後だったという思いが励みにさえなっている。

毎日、母に電話をし様子を訊ねるが
いまだに父の死を知ったと訪ねてくれる方々や、気遣ってくれる従兄弟や
親戚の叔父叔母に慰められている様子である。田舎の暮らしはせちがらい都会とは
違って、時間が止まったような暖かい人情が息づいていることだと、
私のほうがむしろ慰められてしまう。

母もじっとしている性分ではないので、勤めて身体を動かしあれこれやって
いるようだ。
私 「それがいいね、でも無理しない程度にボチボチやってね」



関西の妹は離婚したので仕事と学校(昭和女子大の通信で学んでいる)に
忙しいようだが、一人で過ごす夜は寂しかろう。

昨日は弟が父の遺影と家族のアルバムから抜粋した写真を大きな額に
収め、送ってくれた。
晩年の長い期間、ステロイドを使っていたので丸々とした顔ではあるが
穏やかな笑みを浮かべ、バックの背景は私たち姉妹の思い出深い
00岳が合成してある。 始皇帝に遣わされたという除福伝説の山である。


弟の結婚式で満面の笑みを浮かべている両親の姿や、昭和をしのばせる
父と子どもたちの何気ない一こま。
正装している金婚式の両親。

我が家の息子たちも一緒に知覧の特攻機地記念館傍の武家屋敷で
写した写真。
髪を伸ばしカチューシャをし、少女趣味・ローラアシュレイワンピの
エホバカ姿は恥ずかしいが、

夫は夫で
 「俺はこの頃から頭が薄かったんだなぁ~、00(次男)は幼い顔つきしてるね。
  おや、00(長男)は金髪じゃねぇか?」

私 「そんなもんだよ、あの頃の我が家は。それはそれで良しだよね。」


関西妹も仕事で感傷に浸っている暇はないらしい。

でも、「写真を飾ると切なくなってしまうからまだ開く気がしない」 気持ち分る。

私 「従兄弟の0ちゃんが言ってたけどね、どうせ一人者なんだから
戻って来いって。あれだけクチが達者なんだしこっちで市会議員でも
やったらどうだ?って伝えてくれって言ってたよ」

妹 「あはは、学校が優先だからね、後のことはそれからだよ」
でも、いずれは田舎に戻るつもりのようだ。

慌て者の私は、喪服を用意したにもかかわらず、自宅に忘れてしまい
後から来た夫のトランクにも入っていなかったので、式の直前気が付き
慌てたが、かろうじてレンタルで間に合わせた。

お陰で最後の会食で〆の挨拶が急に回ってきたそうだが、
事務室にレンタル服を返しに行っていた最中のだったので、
次女がかわりに挨拶したらしい。

私には思いがけないラッキーであり、次女の堂々とした挨拶は
みなさん「良かった」と評判だった。
性格もあるのだが、JW20年の差というか 顔を知らない人は
次女よりも、下手すればその下、、、最後の娘と間違われた。

そういうわけで、もっと歳相応堂々としなければならない時と
場所があることを学ばせてもらった次第だ。

いききすぎた謙遜、見せ掛けのうやうやしさ、遜り 、従順
まだまだ課題があるようだ。


やっと一昨日あたりから食欲が出てきたが、やたらとテンションばかりが
ハイな私。
仕事先でも張り切って「頑張っている」

今朝は夫に「たった1枚の書類に30分もかけて何やってんだ」と言われ
元気に言い返し、ゴミ出しをかねて出かける夫に声をかけた。

「 元気で働ける幸せ、今日も頑張ろうね! 」
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by hanamizukidayo | 2008-12-19 11:19 | 日常

丁寧言葉とよそよそしさと馴れ馴れしさ

土日の間寝て過ごしていた次男に、アウトレットで買っておいた食器や、オヤツや果物
缶詰の類など紙袋に詰めて今朝送り出した。

「今度帰ってくる時は前もってメール頂戴ね。ご馳走作る、かもしれないよ♪」

「うん、行ってきま~す」 めんどくさがりの次男、今朝は素直に受け取り出かけて行った。

朝から電話しまくってた旦那サンもようやく出かけてってくれたw  ふぅ~~っ

暖かい日差しが射し込む穏やかで静かな空間、猫たちもお昼寝タイムか私がパソコンに
向かっても机によじ登って邪魔しに来ない。

昨夜は黒のみーちゃん、トイレに閉じ込められてたらしい。
私よりも早寝早起きの夫が、

「覚えてる?夜中椅子で寝てたから起こしたんだよ。そんで寝ぼけてトイレに行って
ミーを閉じ込めたんだろ。 かっわいそ~に!」

およよよ・・・・ごめん、ごめん ミーたん ごめんね~~042.gif


昨夜はクスリ飲んでから、あららさんのブログに書いてあった 「女を捨てない」のことを
PCの前でしばし考えていた。

男もブラする時代だとテレビで見てはいたが、近頃、身体を締め付ける下着は着ないわ、
昼寝だと思えばいいや、なんて顔も洗わず歯磨きだけ済ませて寝る自分。あららさんに
たしなめられたなw


最近の私は軽・躁状態だから、気分が良くて会う人会う人(お店の人やエレベーターに乗り合わせる普段なら軽く会釈する程度の相手とかも)に愛想よく挨拶し、しかも

  相手が誰であれ   タメ口   なのだ。



先週夫と喧嘩した時に言われた言葉の中で、ズキンとした言葉は

「だいたい昔から、好き嫌いが激しくてすぐ分る。もっと我慢しろ!」

と記事にも書いたが
 要するに・・・・・ 
「普段の電話やしゃべり方を見ていると、好きな人には軽口叩くが、嫌いな相手には

  異常~に バカ丁寧な言葉使いなんだよ、お前のしゃべり方。  相手にだって分るさ」



冷静になって考えてみたら・・言われた通りだ、その通りだった。
で、またそれが相手に失礼の無いようにとの気配りのつもりだったのだが、
あの組織で鍛えられた奉仕活動の訓練、上辺だけあわせの付き合い多かった
霊的パラダイスの名残りというか、よろしくない習慣が肌にしみこんでいたんだ。

言われてみて初めて気がついた。

また、どせいさんの掲示板で、「虐待を受けた人はつるまないので・・・」という書き込みをみた。

これも、なるほどその通りだ。意識してなかったが私は個人対個人の付き合いが好きで
サークルや元エホバ関係、あるいは友達仲間(みんなはよく集まってお菓子作ったり、旅行したり、勉強会開いたりしている)全員で集まるよりも、どちらかと言えば、適当に気が向いた時、
ぶらっと会っておしやべりしたり一緒にショッピングなどする程度。

ま、深い話があればそれはそれでとことん付き合う、みんな一緒の時だって。



介護人(仕事)としては絶対に相手の尊厳を認めたいし、意思を尊重したいからどなたにも優しさがモットーなのだが、あの日以来すこーしだけ、ちょっとだけ言葉使いを砕けている。気心知れあった相手とはね。

相手にもよりけりだし、一部の病院の若い看護師のようなゾンザイな声がけなどのような
自分も不愉快になるそんな極端は避けたいが、バカ丁寧止めて、ちょっとだけ
くだけ言葉使って楽しくお付き合いしていきたい。 宜しくお願い致します
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by hanamizukidayo | 2008-12-15 12:13 | 日常

最近の愚考・・・自戒させられます^^;

   ∞∞∞∞∞∞ 本日の名言 ∞∞∞∞∞∞   

 美しい唇である為には、美しい言葉を使いなさい。   美しい瞳である為には、他人の美点を探しなさい。                   ― オードリー・ヘップバーン ―                      

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by hanamizukidayo | 2008-12-13 19:27 | 日常

食後は仮眠して

たまちゃんはテレビの正面に正座して男子フィギァを観戦し、ミーコ猫はコタツで寝ている。

夫はテレビ。私は夕食の後、新聞を読んで一眠りした。

なんとのどかなことか。平凡な平凡過ぎる日常だ。


今夜は長男が戻ると言っていた。遅くなるから食事はいいとメールが来たが
一応豚カツの用意だけしておいた。食べなければ明日夫に食べさせればいいw


yahooの見出しを見ても相変わらず悲観論やきな臭い記事が目に付くが
最近ますます酷いものだ。支持率低下で瀬戸際崖っぷちだとか断末魔だとか
ろくに見ていないがテレビのトーンも耳に障る。ミヤネ屋なんて、面白ろくて
しかたがないといわんばかりの報道振りだ。

国の崖っぷちがそんなに面白いのか、 正義の味方ぶる偏向偽善報道め(`´)ケッ


この国で今一番気の毒な公人は  天皇両陛下と総理大臣ではないだろうか。

ご病気の陛下には激務の御勤め、これ以上ご無理して戴くのは申し訳ない。
麻生さんには麻生さんらしさを全面に出せるよう、頑張って戴けるよう、みんなで
盛立てる時だと言うのに、自民の面々にも・・・サイテーな人種が多過ぎる。


☆12月13日追記
躁鬱の軽躁と診断された私。イケイケどんどん。どせいさんの掲示板にコメしてみた。


これってエホ? はな みずき 2008/12/13 20:34
    元1世信者 関東方面  

一 昨日の産経に突っ込みどころ満載の記事がありました。

「1日コーヒー1杯だけ」就労求める難民申請者
2008.12.11 08:59

信仰を理由に迫害を受ける恐れがあるなどとして、アフリカの国から昨年来日し難民申請。 外務省から支給される月8万5000円の大半は家賃や光熱費に消えるが、仮滞在中は就労を禁じられている。

「金も食べ物もなく、家にこもって泣いている。 いつ認定されるかも分からず刑務所にいるようなもの」とヤボワさん。




◎8万5000円も貰って感謝もなければ、コーヒーじゃなくパンでも買えよって話ですわねw

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by hanamizukidayo | 2008-12-12 22:02 | 日常

私たちの原点・・皆様とふるさとに感謝

ここ数日、父の死を読んでくださった何人もの方々からお悔やみのメールや
直接のお電話を頂いています。

おかげさまでとても慰められ、力づけられ、こうして早くも
いつものような日常に戻り、過ごせていただいています。

 本当にありがとうございました。感謝の気持ちでいっぱいです。


前にも書いた気がしますが、ブログをやっていることは、普段はJW以外のお付き合いがほとんどのこともあり、日常の知人や友人は誰も知りません。

今回の出来事はメーリングリストの友人たちや、飲み会しあう友達に伝える暇もまだありません。

でも、ネットで知り合ったすてきな友人達にもう十分癒されましたので、改めて父の死を口にする必要さえ感じない・・・そんな気持ちです。


お葬式は弟の言葉通り、ほんとうに 残された私たち家族に お祝い のような後味を残してくれました。

誠実に生き、たくさんの方々の温情に支えられ天命を全うした父が、幸せな晩年を送れたことを娘としてすべての方々に感謝しています。父の生き様を見習いたいと勇気つけられました。


残された母のことは気がかりですが、比較的落ち着いている様子です。

「夕方になると寂しいけどね。あの子(弟)も家で穏やかな最後をむかえたんだから、
『母ちゃん力落とすなよ』って言ってくれてるしね。

残った布団を干したり洗濯したり、庭の草むしりしたり、なるべく動いて気を紛らわしている。
近所の人も来てくれるから心配いらないからね」



先ほどエホバ妹から電話が来ました。
今日の妹はやや明るい声をしてました。

いろいろ話ししましたが、火葬場で[これからスイッチを入れます]と声が掛かった時に
押さえきれなくなって泣き声を上げてしまった私の話を誰かに聞いた時、涙が止まらなかった
と言ってました(自分ではまったく覚えていなくてそうだったのか・・ですが)。


「今度のお葬式で一番良かったのは、長年会えなかった関西の妹と会えたのもあるけど
私はね、あなたに会えたのが一番嬉しかったよ。Mさんも前と変わらずに接して
くれたし、純ちゃんにも会えて嬉しかった。こうして何でも話せる血の繋がりっていいね。

私たちがこれからも仲良くやっていけるように父さん引き寄せてくれたんだね」


妹も、「私も家族もいつもねえちゃんたちのことを思わない日はなかったのよ。
会って本当に良かった、助けてくれてありがとう。また遊びに行くね」

おかげさまで昔のように心を通い合わせた暖かい会話ができました。


 読んでいただいてありがとうございました。んでは、仕事行ってまいります066.gif
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by hanamizukidayo | 2008-12-12 13:13 | 日常

久しぶりに熟睡した朝

最近は火曜日だけ1日空けているが、ピンチの依頼で潰れることもある。
お互いさまなので大抵は快く引き受けている。

前もって断水日の予定が分っていたので、先月末頼まれた時も即答で引き受けていた。
そういうわけで昨日は朝から介護人。
 

私は仕事で出会うお年寄りには、その方が遠く離れてなかなか世話できない自分の親だと思って接している。若いなら肉親の妹弟、あるいはパーキンソンを患った叔母だとか、あるいはLDの姪だとかそう思って心をこめる。

だから苦手なタイプの人であってもトラブルになったり、断られたことはないし
むしろ違うタイプの人は勉強になったり興味深いと思って話するので、相互に
仕事関係以上の友人だと感じあうこともあり、当人が亡くなられてもご家族の
娘さんや時には配偶者の方と新たなお付き合いが始まることもある。
(自慢そうに聞こえたら申し訳ないです、つまりそれだけ好きだしやりがいを感じているってこと)

そうは言っても自己満足に過ぎなくて、失敗も恐らく足りない部分も相手の方にはいっぱい見えていると思うけど、お鍋を焦がしたりうまくできなったりしてもこれまでほとんど苦情はなかった。

「わがまま言えないけど、はなさん仕事を辞めない限りずっと来てね。」

たまにピンチの時に顔を出す方には
「もう先がないのでもうしばらくの我慢だと思って付き合って」と手を合わせて頂くこもある。


別れるのは亡くなった時。そういう仕事だから、今まで何回もお葬式にも出たが、私の事務所のスタッフはいい人で家族同然に悲しく、後ろの席でもしかしたら一番泣いてるかもしれない。

お葬式はすべての人の心のけじめ。私は心から思う。


ところで、少し張り切り過ぎて私にしたら200パーセントの力を出し切ってしまい
喜んでいただいたもの、帰りは背中や腰が痛くてタクシーに乗って帰ってきた。
今朝は喉も痛い。コタツで寝たりしてたからまずかった。

でも昨日は思い切り動いて気持ちがよかった。たくさんお話もし聞いても頂いた。
帰り際、嬉しそうな顔でお礼を言ってくれたが、もしかしたら(毎回どの方にも思うのだが)
この次はもう会えないかもしれないんだもの。私だって何があるか分らないんだし。
これが最後になるかもしれない、そう思っていつも最高の時間になるように考えて
きたつもりではある。

だから私はお互いが何があっても後悔しない生き方を自分らしくこれからも続ける。器用でもなく気も利かない私だけど、分かってくれる人が一人か二人はいるだろうし、いなくたって自分が
それで幸せだったらいいな。
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by hanamizukidayo | 2008-12-10 12:55 | 日常

父の最期

混乱している姪を落ち着かせるために、弟はおじいちゃんはベッドで眠るように逝ったと言ったが、実際は少し脚色している。

介護保険のお世話にもならず、母と同居している弟夫婦のお陰で7年前一度死にそうになったにもかかわらず父は自宅で療養生活を送っていた。遠くに住む娘たちに心配かけまいと父も母も弟さえ、たまに入院し点滴を受ける時があっても教えてくれなかった。電話に誰も出ないと、「もしや具合が悪いのではないか」と案じた日は幾度かあった。

父の死の1週間前、母に様子を聞くと「最近食欲がなくてね。寒い時期は毎度のことだけど寝てばかりいることが多いんだよ」と言っていたので嫌な予感がした。

それで今年の暮れは休みを取り、会いに行かなければと決めていた。
その電話以来、毎日父のことが頭から離れなかった。胸騒ぎがしていた。


今思えば、12月1日午後1時40分頃、携帯が鳴り、弟からだと分った時点で
すべて了解したも同然だったと、思う。

12時少し前に母が声をかけ、そのまま茶の間に戻り待っていたが、なかなか起きてくる気配がないのでトイレにでも行ったのかと様子を見に再びいったら、ベッドの下にうずくまっていたという。
意識を失っていたので、急いで救急車を呼び、近所の人たちも一緒に病院に向かったそうだ。
弟が駆けつけたが意識は戻らず、心肺停止状態になった時点で私に電話を寄こした。

「今、蘇生処置をしてるがもうダメかもしれない」

「分った。すぐ行くからね」 短いやり取りを交わした後、職場に電話をして
仕事の途中で申し訳ないが誰かと交替してもらえないか強引に頼んだ。
(夫の親の時も仕事中だったので間に合わず深く反省したことだった)

帰宅の途中に夫に連絡。夕方から義理の兄のお店を手伝う予定だったことも思い出し、行けなくなったと伝えてもらった。

家から関西の妹に電話すると「そうだったの。私は仕事で今日は間に合わない。明日にするね」とえらく落ち着いていた。提責なので立場はよく分る。覚悟してたはずだし。それよりも・・・・

JW妹へはどうやって知らせるか?普通なら私の役目だ。でも言いにくい。 弟は電話どころではないだろう。でもまだはっきり死んだとは限らない。ダメならその時点で再度連絡が来るはずだ。はっきりした時点で電話するしかないと思いながら荷物を詰め込み、家族の礼服を取り出し、万一の時にすぐ使えるように仕舞っておいたお金を準備し、猫の世話を友人に頼みパソコンで飛行機の手配。その前に家族の予定も確認だ。

あっという間に夕方になってしまった。家に電話しても誰も出ない。弟に電話を入れたらどういうわけか弟の嫁さんが出て、まだ病院だという。まだ病院?じゃあ意識が戻ったのかと一瞬思ったが、そうではなかった。1時過ぎになくなったようだと言う??? 病院では携帯使えないからあなたは電話番兼連絡のために家に残ったんでしょう? それなのに、妹たちににどうして連絡しないのか。私にも。亡くなったようだ、とは???

深く考える暇はなかったが、この様子ではJW妹に誰も連絡してないだろうと判断し、携帯にかけてみた。
妹にとって親しかった姉妹のお葬式から帰ったばかりというタイミングだった。短く伝えた。

結局父は、倒れた時のまま意識が戻ることなく逝った。
蘇生処置を施し息を吹き返したとしても、時間の問題だっただろう。

意識が戻らなくてむしろ良かったと思う。
苦しい思いをしないで済んだのだから。

父は一人で起きたり寝たり、自分の手で物を食べ、自分の意思に沿って
ある程度のことを最後まで自立して生きた。一緒に住む家族の支えがあった
からこそではあるが、甘えもせずかと言って人に厳しくもなく穏やかなすばらしい
最後を見せてくれた父だった。ありがとう、すみません あなたの娘なのにね。
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by hanamizukidayo | 2008-12-09 01:04 | 日常

夕食

夕方市川で降りて乾物屋さんに寄り、ついでに夕食用の魚を買って帰った。

花やさんで生花を買う。胡蝶蘭や白い菊は見たくない。目を背けたくなる。

猫がいたずらするから部屋には飾れないけどな~と思いながら、
何でも良いから明るい色のお花が欲しかった。


父の好きな花は何だったのだろう。
私は知らない。

父は自分のことはめったに話さない人だったから、知らないことの方が多い。
たくさんのメダルや賞状も父が亡くなって初めて見た。

子供の頃のことや若い頃のことも直接父に聞いたことがなかった。

古いアルバムも初めて見た。

私の記憶にあるはずもないが、初めて見る戦争中の写真の姿は
細くて、背中をやや反らし、堂々と凛々しい。孫の誰彼によく似ていた。

「親父さんは空軍だったんですね?」と夫が訪ねると、母は
「結婚したばかりの頃は軍隊の話ばかり、耳にタコができるくらい聞かされましたよ。」
などと返事していた。

そんな話も初耳だった。どうして話してくれないのかなぁと思っていたが
聞いてはいけないような気がして聞けなかった。そんな機会もなかった。

母にしてみれば聞き飽きてしまって、もうどうでも良い話題だったのか。
いや母の弟は、シベリアに抑留され骨と皮のようにやせ細って戻ったと
聞いた記憶があるので、戦争の話は嫌いだったのかも知れない。
母はサツマイモが嫌いだ。散々食べたからもういやだと言っている。

私の幼い頃は非常に短気で厳しい父だったが、祖母が死んだ頃を境に
変わっていった。家族にも穏やかな笑顔を見せるようになった。

昔は、家族を犠牲にして、他人にばかりいい顔をしていたのに。


夕食の支度をしながら、あれこれとめどなく考えていたら焼き魚を
真っ黒に焦がしてしまった。
土鍋で炊いたご飯も焦げてしまったが、かろうじてまだ許容範囲。

子供たちのいない二人分の食事の支度は気楽なものだ。

朝のうちに作って置いた卵焼きと、豆腐とねぎのお味噌汁、シャポーで買った
柚子の香りがいっぱいする白菜漬けでニュースを見ながら食べて

「官房長官もしっかりしてないし、今度の選挙は厳しい結果になりそうだ」
「うん、うん」
などと、我ながら我が家の会話っていったい?

途中で友達から電話が入り、「はなさんがカリカリ怒るくらい元気があるようで
良かった♪ 無理して抑えないほうがいいんだよ」と言われた^^


こうしてゆっくりと食べ終わったとたん何気に言ってしまった。



 
  あぁ  も~~ お腹いっぱい!         
    
          柿でも むこうか  お父さん? 

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by hanamizukidayo | 2008-12-08 21:04 | 日常