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カテゴリ:政治・社会( 84 )

たとえ「正しくない」道を歩むことになろうとも

佐藤優氏のコラム http://www.business-i.jp/news/sato-page/rasputin/200806110006o.nwcより、


「愛国心について」



☆ユダヤ人にとって国家とは、かつての悲劇を繰り返さないために、絶対欠かすことのできない存在だ。


 ■イスラエルの緊張感に学ぶ
 筆者が論壇で尊敬している一人に潮匡人(まさと)氏がいる。潮氏は論評の対象となるテキストの内在的論理を正確にとらえた上で、建設的な批判を行う。潮氏は、党派的立場から「批判のための批判」を行うのではなく、論壇で立場の違う人々が対話を行う土俵を作る努力を怠らない。

 7月1日発売の『正論』(産経新聞社)8月号に掲載された潮氏の「なぜ日本を愛せないのか 愛国心を忌避する人々の“病理”」を読んでそのことを再認識した。潮氏は愛国心について根源的な問題提起をする。


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 〈護憲リベラル派の中には、日本脱出を語る者さえ現れた。

 《教育基本法を変え、有事法制を作り、いま憲法までが変わろうとしている。それで、果たしていいのか。それを承知の上で、それでも日本にはいま「愛国心」が必要だ、というなら私にはもう、言うべきことばはない。そうなったときに日本に住み続けるかどうかは、それこそ〈私〉の問題だ》(香山リカ『〈私〉の愛国心』ちくま新書)

 たしかに彼女の問題だ。だが恐らく彼女も日本に住み続けるであろう。

 公正を期すために最後に、保守陣営の「愛国心」論にも触れておこう。上坂冬子氏は近著『これでは愛国心が持てない』(文春新書)でこう嘆く。

 《事に当たって厳然と対処することなく、国家の体面にかかわる問題に曖昧(あいまい)な対処をされたのでは、愛国心の持ちようがない》

 お気持ちは分かるが、私の意見は多少違う。大半の日本人にとって、日本とは愛さずにいられない国である。いくら頭で「これでは愛国心が持てない」と怒ってみても、愛さずにはいられない。そういうものではないだろうか〉

 
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筆者の愛国心に対する感覚も潮氏がここで書いた内容に近い。日本の現状に対して、怒りや嘆きは当然ある。しかし、愛国心とはそれとは別の位相から出てくる感情である。かつてイギリスの作家ジョージ・オーウエルは「右であれ左であれわが祖国」と言ったが、筆者もそう思う。一部の有識者からおしかりを受けることを覚悟した上で書くが、仮に日本国家と国民が正しくない道を歩んでいると筆者に見えるような事態が生じることがあっても、筆者は自分ひとりだけが「正しい」道を歩むという選択はしたくない。日本国家、同胞の日本人とともに同じ「正しくない」道を歩む中で、自分が「正しい」と考える事柄の実現を図りたい。

 愛国心について考えるとき、筆者にイスラエルの友人が述べたことがいつも思い浮かぶ。この友人が10歳のとき、1967年に「6日戦争」(第3次中東戦争)に遭遇した。友人の母親は第2次世界大戦中、両親とはぐれ、難民になった経験がある。そのときの経験がよみがえったのか、いざというときに備え、母親が宝石と貴金属をスカーフに包んでいるのを見て、父親がこういった。

 
「無駄なことはやめなさい。もしこの戦争に敗れたならば、私たちは殺されるだけだ。ユダヤ人に“逃げる”などというぜいたくは許されていない」


 いまでこそイスラエルは、エジプト、ヨルダンと平和条約を結んでいるが、当時は周囲すべての国がイスラエルの存在を認めず、たたきつぶそうとしていた。一見、イスラエルに住むユダヤ人もヨーロッパやアメリカに逃げれば、生き残ることができるように見える。「しかし、それは幻想だ」と友人は言う。なぜなら、「イスラエルという国家が地上に存在するから世界各国に在住するユダヤ人が保護されているのである。第2次世界大戦で、600万人のユダヤ人が殺されたのもわれわれを守る国家がなかったからだ。イスラエルが消滅すればユダヤ人の居場所は再びなくなる」

 この友人の祖父は西ウクライナ(ガリツィア)のある町でパン屋を営んでいた。熱心なユダヤ教の信者で、ナチス・ドイツ軍が町に侵攻してきた日がたまたま安息日(土曜日)だったので、「侵略者よりも神を恐れるべき」と考えてシナゴグ(ユダヤ教会堂)に集まり、礼拝をしていた。ドイツ軍はこのシナゴグにガソリンをまいて火を付けた。祖父は焼け死んだ。

 当時17歳だった父親はアウシュビッツ収容所に送られ、生き延びた。あの悲劇を繰り返すことがないようにするために、戦後、ユダヤ人はイスラエル国家を再建したのである。イスラエル人の緊張感から日本人が学ぶべきことは多い。


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続く
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by hanamizukidayo | 2008-07-02 01:40 | 政治・社会

台湾から見た日本人

日本を取り巻く状況、特に国際情勢は今深刻な問題を抱え危機に直面しています。


おそらく日本人の大部分は、日本が崩壊するはずはないと思っているだろうが、国家というのはある日、突然に崩壊することもあるのだ。 
        by 佐藤優



 ハルマゲドンよりも怖いw


国と同胞を守る勇気と強い意志どころか、国民に誠実に向きあう意思もない
総理を見ていると、どげんかせんといかんと感じます。
わが国の戦後の民主主義社会がどのような60年だったのか、
浮き彫りにするために、戦前の歴史の正しい理解を得る必要があります。



以下、「日本のお姉さん」というブログの転載です。




【連載】日本よ、こんな中国とつきあえるか(10)
    台湾人医師の直言                    d0115758_0123472.jpg
(転送転載自由)



第2章 台湾から見た日本および日本人     
    争いを避けたがる日本人に平和は守れない

2、台湾で教えられた正反対の日本像

●反日的学校教育と親日的家庭教育

 ところで、台湾人の戦前世代と戦後世代の日本を見る目は違っている。

 戦前世代の台湾人である「日本語世代」は日本統治時代をよく知っていて、実際、日本人として教育された世代だ。その代表的な人物が李登輝前総統である。彼らは日本に文化的な郷愁を抱いている世代で、日本文化にノスタルジアを感じている「文化的日本人」と称してもいい存在である。

 ところが、戦後世代のわれわれ台湾人、とくに四〇代から六〇代は、蒋介石政権による反日教育のせいで日本に対するイメージは決してよくない。しかし、家庭では親はいたって親日的なのである。つまり、反日的学校教育と親日的家庭教育により、日本観が混乱している世代といえる。

 私個人は、一九八七(昭和六二)年四月一日、二八歳のとき初めて日本に来た。桜が満開のころで、羽田空港を出たとき、なんと美しい国だろうと感動した。それが日本の第一印象だった。また翌日、新宿の高層ビル街で、着物姿の美しい日本人女性が歩いているのを見て、現代と伝統の調和に感動した。それ以来、私は台湾の教育で教えられてきた邪悪な民族が果たしてこのような美しい文化を持つことができるのだろうか、と反日教育に疑問を抱くようになった。それと同時に、自分の親がいつまで経っても日本を懐かしんでいる気持ちがわかったような気がしたのである。

●現実と理想を混同する日本人

 私が来日したとき、日本はバブル経済の真っただ中にあった。そのせいだったのかもしれないが、アジア系の学生に対する日本の傲慢な一面もたっぷり味わった。

 留学生はまず部屋探しから日本の生活がはじまるが、私は三〇軒以上の不動産屋を回った。足が棒になった。私が外国人であるとわかると断わられつづけたからだ。日本はアジア系の外国人には差別意識と優越感を持っている、というのが当時の偽らざる心境である。しかし、その後の経験で、これは単に外国人や外国文化に対する知識のなさに起因する拒絶反応だったことがわかった。
 
それから私は研究生活に入り、医学活動にいそしみ、たくさんの日本人の友人ができた。また、その過程で日本文化や日本人の考えを観察してきたつもりである。そこで理解したのは、戦前世代も戦後世代も、どちらの日本人像も間違っているということだった。戦前世代には日本統治時代の懐かしい記憶というフィルターがかかり、戦後世代には反日教育というフィルターがかかっているからだ。

 もう一つ驚かされたのは、日本では大人がマンガを読むことだった。最初は新宿に住んでいたので、本郷の東大まで丸ノ内線で通っていた。通勤電車のなかでコミック誌を読んでいるサラリーマンが実に多いことに驚かされた。マンガの主人公の多くは、正義感にあふれ、冒険心に富み、勇敢にも権力と戦う人物であった。私はあまり熱心な読者ではなかったが、たとえば『課長島耕作』の主人公はそのような人間的魅力あふれる人物に描かれていたように覚えている。

 このように日本人は、正義感にあふれ、冒険心に富み、勇敢にも権力と戦う人物を虚像の世界に求め、現実の世界では「友好」を最高の価値としていた。これは私から見れば滑稽としか言いようがなかった。日本人はやはり、ライオンとシマウマが仲良く暮らせるような社会を求めているような気がする。そうすると、日本全体がディズニーランドのようになっていく。これは、現実と理想を混同しているからだが、以前はモラトリアム、今はニートと呼ばれる若者が多く発生しているのも、これと無関係ではないようだ。

●台湾で教わった日本人像は間違いだった

 われわれ戦後世代の台湾人は学校で、非常に残酷で、狡猾、狭量というような日本人像を学んだ。「狡猾・狭量」に関して言えば、日本人は世界中あちこち進出して工場を建てているが、技術の核心的な部分は絶対に教えないで隠すと教えられた。

 しかし、日本に来てこのような日本人像が誤っていることにすぐに気がつき、学校で教えられた日本人像とまったく正反対であることに思い至った。

 たとえば、最近でも、台湾版新幹線の開通が遅れている問題で、台湾の交通部(国土交通省に相当)の高官が、遅延の原因は日本側が技術を教えないからだと非難していたが、これも台湾の学校教育の影響が強いように思われる。聞くところによれば、決して日本側だけに原因があるわけではなく、逆に技術供与を受けていた台湾高鉄側の対応のつたなさに原因があるようだ。

 日本人は核心を教えないどころか、私が会ったほぼすべての日本人は教え魔だった。道案内から学問に関してまで、手取り足取り、細かいところまで教えてくれた。

 私が研究していた分野は非常に競争が激しかったにもかかわらず、同じグループの先輩に聞いても、別のグループの先輩に聞いても、同じように、しかも詳しく教えてくれた。それも、私がまだ理解していないのではないかと心配して見に来てくれたこともあったほどである。まるで私が競争相手であることを忘れたかのように親切に教えてくれた。

 日本人は、相手に学ぶ意欲と能力があるとわかれば、競争相手であっても、ほぼ例外なく熱心に教えてくれた。日本人は狭量であるどころか、きわめて寛大だった。聞いてくれるだけで自分の価値は認められているという満足感も手伝ってか、目一杯、自分の知っていることを相手に教えるのである。

 なにもこれは学問の世界に限らなかった。生活の面においても、アパートの隣の奥さんに聞けば、細かく何でも教えてくれた。一を聞けば十を教えてくれた。下宿の大家さんも同じだった。日本人は、相手に学ぶ意欲さえあれば誰でも教えようとすることを、私は体験から学び、台湾で教わったことはウソだったとはっきりわかったのである。

●争いを避けたがる日本人

 台湾の学校では、日本人が残酷で残忍であるとも教えられてきた。台湾のビデオショップで借りたヤクザ映画を見て、指を詰めるシーンや喧嘩の場面が出てくると、日本人はやはり残忍なのだと自分なりに納得していた。

 しかし、先ほど述べたように、日本に来て二日目に新宿で現代と伝統の調和の美しさに感動し、その美しい文化に気づいたとき、残酷な国民性からはこのような美しい国は生まれないのではないかと思いはじめた。

 日本滞在二〇年目に入った台湾人の私には、これほど自然を愛し、生命を愛する民族は日本人以外、世の中にいないのではないかと思うほどだ。

 たとえば、私は実験材料としてしばしばマウスやラットを使うことがあった。ときには殺したりしなければならないこともある。その最初のときに先生から教わったのは、いかに苦しまずにラットやマウスを処置するかということだった。また日本では、年に一回、必ず実験動物の慰霊祭を営むが、台湾の大学ではやらないことだった。私は、日本人の命に対する畏敬の念がこのような実験動物までにも及んでいることを知って感銘を受けた。

 日本人は木や花をはじめとした自然をこよなく愛している。このような日本人が残酷な民族性を持っているとは考えにくかった。あらゆるところに神が宿っていると素朴に信じている日本人が残酷であるとは、とても思えないのである。実際、日本で生活していると、日本人は涙もろくて、純情で、悪口をできるだけ慎み、人のよいところを評価する傾向が強いことを実感することが多々あった。

 日本人は、会った瞬間から、私は友好的ですよ、私は無害ですよと、一所懸命に善意を示そうとする。それゆえ、日本人が「平和」と「友好」を最高の価値としてきたのか、なんとなくわかるのである。おそらく、相手と争いを避けたい一心なのだろう。和を重んじることが日本の大事な文化である。

 しかし、現実の社会では、正義感や冒険心、あるいは国を守る勇気を失ったところでの平和や友好であれば、それはペットの平和であり、奴隷の平和でしかない。残念ながら、私の目にはこのことに気づいている日本人はまだまだ少ないように見えるのである。
(次の連載は6月30日)
『台湾の声』  http://www.emaga.com/info/3407.html
『日本之声』 http://groups.yahoo.com/group/nihonnokoe (Big5漢文)
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by hanamizukidayo | 2008-06-28 01:09 | 政治・社会

"表現の自由"を守らねばというけれど

まったく個人的な意見ですが、この記事を読んだ時前にも読売で似たような社説を読んだことを思い出しました。

日教組の大会が会場になった高輪プリンスホテル側の予約キャンセルで開催されなくなったことで、社説でホテルを批判していた件です。
一旦引き受けた予約を「近隣の迷惑」を配慮してホテル側が断ったために、日教組に損害賠償で訴えられています。11月になっての取り消しは再び集会開催には持ち込めず、中止になりましたし、そのためにかかった費用は多額の損失を被ったと思いますが、何億も損害賠償をホテルに請求してました。読売新聞の社説も今回と似たような趣旨だった覚えがあります。

夫は「日教組を甘くみて予約を一旦引き受けたホテルが悪い」と言ってましたが、私は日教組であれどんな団体であれ、こういうことで一般商業施設を訴えるなんて、もうこのような団体は今後どこの宿泊施設や会場も受け皿がなくなり、自分の首を絞めるようなものではないかなと思いました。

この映画の件についても、国会議員という国民の代表者が問題提起し、議員達と試写会を観た
何の問題があるのか分かりません。あくまでも公開を自粛したのは映画館という「商業施設」
であり、編集手帳の

>嫌がらせの衣をまとった検閲は生きているらしい

稲田議員のコメントを無視した大新聞の"上から申すご意見番"記事ではないだろうか。
何か釈然としないニュースでした。




ネットニュース( 3/31 21:25 )
映画「靖国」上映中止=東京、大阪の5館が自粛・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
          
 
 靖国神社をめぐる日中合作のドキュメンタリー映画「靖国 YASUKUNI」について、配給・宣伝のアルゴ・ピクチャーズは31日、4月12日から公開を予定していた東京都と大阪市の計4館が上映を自粛したと発表した。既に東京の1館が中止を決めており、映画は当面上映されない事態になった。

 「靖国」は中国人の李纓(リ・イン)監督が、10年間にわたり、終戦記念日の靖国神社の様子などを取材した映画。軍服姿で参列する人々や、小泉純一郎前首相の参拝、合祀(ごうし)に反対する台湾や韓国の遺族が抗議する姿を、靖国神社のご神体とされる日本刀を作る刀匠の映像を交えながら紹介していく。

 自民党の政治家らが、この映画に政府出資の基金から製作費の一部が出たことを問題視。国会議員を対象にした特別試写会が開かれた。3月18日には、東京・新宿のバルト9が上映取りやめを決定。その後、銀座シネパトス、渋谷Q-AXシネマ、シネマート六本木と大阪市のシネマート心斎橋も中止を決めた。Q-AXシネマでは「特定の団体からの具体的な圧力はないが、お客様の安全を最大限考慮しなければならない」と説明した。 
        

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sankei.jp.msn.com/entertainments/entertainers/080402/tnr0804020305000-n1.htm" target="_blank">sankei.jp.msn.com/entertainments/entertainers/080402/tnr0804020305000-n1.htm  参考: 産経新聞より

■「靖国」上映中止 「表現の自由」を守らねば(4月2日付・読売社説)
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by hanamizukidayo | 2008-04-02 20:09 | 政治・社会

ニュースより

南京大虐殺はなかった
messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835368&tid=fn5fe5tbba6a4oytba4a4ga498a1bezf02hbbfbfta4a2a4j&sid=1835368&mid=1

ニュースサイトで観た本日のニュース  最近の記事とは無関係ですが・・
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080308-00000104-jij-int
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by hanamizukidayo | 2008-03-10 00:00 | 政治・社会

それぞれの反日ブロバガンダ

相変わらず気になる、政治・社会ネタももっと書きたいのですが、年度末の忙しさで手が回りませんw

日教組に訴えられた高輪プリンスホテルの件や、イージス艦事故の大臣責任追求騒ぎ、今に始まったことじゃない(中国毒ギョーザ)責任回避、先日48歳のお誕生日を迎えられた皇太子の会見(だんだんと"皇室問題"が世間にもただならぬことだと認知されて来たような)・・報道番組を見る時間が少なくなってしまった分、一部の報道番組司会者の珍問投げかけ、コメンテーターの珍答にイラッとする機会にさらされなくて、まぁストレス軽減にはなっていますw


3月4日、今日 都内で「南京の真実」という映画があると知ったのも昨夜のことで、大変残念です。横浜でもやるそうなので何とか都合をつけて観にいきたい、でも余りにも3月は忙し過ぎる。

そういうわけで今のところ
「家族生活」の本は持ち歩いて、ドトールや電車の中でせっせと読んでいます。
知らない人にはJwに見えるかもw   
一見もっともないい事も言ってます。確かにね。
そうでなければ聖書知らない人を組織に引寄せられないんだから 当然といえば当然。

でも書籍の下部にある質問が、やっぱり曲者です。
巧妙に誘導されて、いつの間にか画一的JW流思考パターンが
出来上がってしまう設定。違う意見を言ってくれる人はサタンの影響下に
ある人だからと警戒して距離をとってしまった後だから、研究生はもはや
一般的な判断が不可能になってしまう。(今とは時代も意識も違う)



遅まきながら反省した予習の教訓
■本文から答え探ししていると相手の手に乗ってしまう。
■必ずしも納得していないのに模範的な答えを返せば司会者が褒める。
機嫌悪くさせるのも嫌だし面倒だし、説得が始まると研究時間が長引くので、「そうですね、そう思います」と司会者に合わせているうちに、自分の考えの方を調整せねばっという思考になってしまう。
もともと人生経験は浅いし、聖書の知識がないんだから若干20代の当時の私に何が出来た
だろうという気がします。相手は近所の親切そうな先輩主婦なんですから、断りたくても断れなくて押し切られた。

昨夜も大好きな日テレ「心の歌」を観ました(男性コーラス特集でした)が、
「母さんの歌」に代表されるように、日本人の心は元々家族の絆・親子関係の
素晴らしい価値感を先祖代々受け継いでいる。アメリカの文化や宗教にに飛び
つかなくても、日本の伝統を見直すだけで幸せだったのかもしれない。

マグマグ・メールマガジンより
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by hanamizukidayo | 2008-03-04 11:21 | 政治・社会

笛に踊る

昨年から話題になっている、「中東の笛」と呼ばれるハンドボールの
審判たちの疑惑の笛に関する提訴が認められ、
国際ハンドボール連盟(IHF)が五輪予選をやり直すよう命じた問題。

最終的にやり直し予選が決まったものの、東京開催の決定に対し、
クウェート、カタール、アラブ首長国連邦は不参加の方針を打ち出した。

昨夜、何気にNHKを見ていたら、キャスターがいわゆるスポーツ専門家に
「なぜこのような事態がおきたのでしょう?」と、質問形式でやっていた。
確かに、問題をよく知らなかった人には親切な番組構成ではある。

スポーツは政治だと言い切る中東の大統領。

ビデオに映る韓国の抗議の凄まじさは
いかにも"韓国"だ。一方、日本人選手たちは
呆然唖然無念も憤慨も堪えながら黙している。
再試合に備えて真剣に練習に励む姿がTVで
流されてきた。表では決して暴言など吐きもせず
立派な、スポーツマンらしい姿勢である。


報道はと言えば、国内の政治問題、社会問題、スポーツ関係
あらゆる分野でキャスターさえ公平な立場に立たず、自(社)説を
絡めた番組を流し叩きまくるのに、オリンピックという国際的な対外問題に
関しては、手の平を返すように、燐国の過激な反応を垂れ流しながら、
「どうなんでしょうか」
などと、他国や専門家に仰ぐように見せかける。
言いにくいことは人に言わせ、自分の身は安泰。
そういう守りに入った姿勢が目に付く。

本音や、内心言いたいことがあれば、堂々と訴えれば
いいではないか。自国の問題ケースのようにさ。



場の空気を読み、言いたいことが言えない掲示板も
結局、自分がいい人でいたいからなんだろう。

他人に嫌われたくないからなんだろう。
 
中東の笛参考/1月23日読売社説
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by hanamizukidayo | 2008-01-25 11:17 | 政治・社会

ニュースより

沖縄2紙と朝日新聞が受賞=新聞労連ジャーナリスト大賞
1月11日18時1分配信 時事通信


 日本新聞労連は11日、昨年1年間に平和・民主主義の確立や、言論・報道の自由に貢献した記事を表彰する「第12回新聞労連ジャーナリスト大賞」に、琉球新報と沖縄タイムス両紙の教科書検定をめぐるキャンペーンと、朝日新聞の連載「新聞と戦争」を選定したと発表した。
 沖縄2紙は、教科書検定で沖縄戦における集団自決について、日本軍強制の記述が削除された問題を追及。朝日新聞は新聞の戦争責任を直視し、「負の歴史」を検証した点が評価された。

http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_date3&k=2008011100788


*新聞労連とは、 全国の新聞社と通信社に働く 労働者の
約8割が加入する 日本で唯一の産業別労働組合のこと。


自国の歴史を「負」と断罪し、戦後60年経っても日本が置かれた「自己防衛」の為に
戦わざるを得なかった当時の決断と苦悩の歩みを、「正義」と称し
断罪するリベラリストを自認する新聞ジャーナリスト業界の驕慢。
次第に明らかになった事実にさえ耳を閉ざし、自説の「正当性」に固執する団体。
事実を欺き、国民を誤導し洗脳し、日本人のアイデンティティを破壊しこの国を
どこに向かわせようとするのか。
いかに恵まれているか、もっとよくするためどうすればいいのかといった方向性への
想像力もなく、自らを反省し恥じるかけらもないのだろうか。

どこかの宗教組織に相通じる「自分たちのみが正しい」という絶対的な盲信。
自己満足と優越感に浸るばかりで、間違は間違いとして認めつようという
謙虚な意思のかけらも無い姿に、共通点を連想してしまう。

真実を曲げようが、ご都合主義の自己評価・自己満足のためなら何を主張しようが
「そんなのは関係ねえ」という奢りにしか見えないのだが。
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by hanamizukidayo | 2008-01-13 01:22 | 政治・社会

会見のニュース

今日のテレビの番組表に「安倍元総理お国入り」という文字を
発見して、久々に気持ちが明るい。

番組は見れなかったけど、ニュースサイトで会見の模様を
読んで何かほっとしました。この記事で安倍さんは
「大連立構想も、選択枝のひとつ・・」と仰っていますが、
あくまでも現政権に対する配慮故の表現でしょう。
むしろ、彼の政治理念は少しも変って
いない事を確認しました。


給油問題、小沢氏の離党話まで出た大連立報道
福田首相の訪米、現役大臣の証人喚問問題etc.
ずーと見てきましたが、もし民主党に政権が移ったら
日本崩壊だろうという気がします。
自由さえあれば、命さえあれば国などどうなっても
いいと平和主義者のように考えているつもりでしょうか。
生活が第一、本当にそう思うのなら国会の審議を
ストップするような材料を次々と持ち込んで
足を引っ張るような事はもう止めて欲しい。

落ち込んでいる最中、2週間もかけて
小林よしのりの「戦争論」「ゴーマニズム宣言パート?」
を読みました。
欝の時は漫画さえ集中して読めないものだと
思ったけど、ただの漫画ではないから時間が
かかったというべきか。よく調査し、これだけの
ものを書き上げたものだと思う。

戦争を美化し過ぎているという批判もあるかも
知れないが、私たちはあまりにも自国の歴史に
無頓着過ぎた。愛国心が育たないから
隣人である他所の国についても表面的にしか
考えられないだろうし、プロ(政治家)も価値の外交
という捉え方ができないのだと思った。
この本で初めて知ったのですが、
価値の外交を認識していたのは
宮沢喜一故総理だったようです。
だからと言って、対中関係を変えたという
話はないですが。もうひとつ、

ガンジーの無抵抗主義は、空極の
平和主義者の姿です。
国の中だけで「平和が大事、平和だ」
幾ら叫んでも、世界に通用するはずは
ないのです。
「平和のために死ぬ事も辞さないという
日本人はもう居ない」と曽野綾子さんが
おっしゃっていた言葉の意味を、肌に感じた
気がしました。

公の精神を唱えれば極右のように言われ、
時代錯誤だと非難される現代社会では、
自分の命が一番大切な価値感だから
無抵抗主義など考えも及ばないだろう。
あんまり人の事は言えないけど。

JW教では神とサタンの最終戦争でエホバの民は一時的に
試練となる迫害が臨む。
「そのような試練に耐えられるだろうか?」
「エホバの御名は強固な塔。義なる者は保護される。
エホバの御名のあるところに救いがある。
その日に備えて今、忍耐を学びましょう。
嘲笑されても暴力を振るわれても
迫害に備える準備だと思えばいいのです。」

そうやって・・
自分の身は自分で守るとか、
自分の子供を親として
自己責任で育てようという意思は
剥奪されたな。




本当に国民のため、公約実現のためというのなら
額賀問題追求などでお茶を濁すのではなく、
大連立以外の解決方法をもっと真剣に模索して欲しい。
何かにつけ国民の興味を引こうと、レベルの低いスキャンダルに
仕立てては、政権交代の材料を並べているだけ。

いつまでこんな事が続くのかとほとほと
嫌気がさしていましたが、
安倍さんのメッセージに再び、気持ちが
踊りました。

お元気になられたことが何より嬉しいです。

http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/071207/stt0712071939008-n1.htm
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by hanamizukidayo | 2007-12-07 23:17 | 政治・社会

いつまでも「アサヒってる」んじゃないよ

冷たい雨の一日でしたね。
小台風とはいえ、夕方から風も強くなり、ずぶ濡れになって帰宅しました。

 本日気になったニュース、さっそくこう来たかという感じです。

   集団自決「強制」を復活、教科書1社が訂正申請へ

 沖縄戦の集団自決を巡る高校日本史の教科書検定問題で、文部科学省の検定意見により、「日本軍の強制」の記述を削除した教科書会社5社のうちの1社が、「強制」に関する記述を復活させる内容の訂正申請書を、近く同省に提出する見通しであることが27日わかった。
 訂正案は修正前よりも「強制」の意味合いを強調している。沖縄県民などの反発に配慮し、訂正申請があれば真摯(しんし)に対応するとしている同省が、どこまで軍の強制について認めるかが焦点となる。
 この教科書会社は今回の検定で、沖縄戦について「日本軍がスパイ容疑で虐殺した一般住民や、集団で『自決』を強いられたものもあった」という記述の教科書を申請。しかし、同省から「軍の強制」に関する記述の削除を求められ、「『集団自決』においこまれたり、日本軍がスパイ容疑で虐殺した一般住民もあった」と、だれが集団自決に追い込んだかを明記しない表現に改めて検定に合格した。
 執筆者によると、訂正案では、「日本軍によって『集団自決』を強いられたり、スパイ容疑で虐殺された一般住民もあった」とし、「日本軍」と「集団自決」の言葉を近づけることで、関係性をより明確にしたという。

 執筆者の一人の高校教諭坂本昇さん(51)は「沖縄の人たちからの新たな証言から、日本軍の強制は間違いないと確信しており、記述の復活に踏み切った」と説明している。
 さらに、沖縄戦の集団自決を巡る今回の教科書検定問題や、9月に検定撤回を求める大規模な沖縄県民大会が開催されたことについても、新たに盛り込むことを検討しているという
 ほかの教科書会社4社も来月中旬までに訂正申請する方向で検討している。同省では、訂正申請を受け次第、教科用図書検定調査審議会を開催し、訂正申請を認めるかどうかを審議する。(2007年10月28日0時5分 読売新聞)



11月14日号のサピオ「ゴー宣」にも、小林よしのりが
集団自決の真相を分かりやすく書いています。
(沖縄へは何回も取材に行き、現地で行った講演の模様等は
単行本「パトリなきナショナリズム」に載っています。)


さらに、もっと感心のある方がいらっしゃいましたら、「正論」をお薦めします。
先日、久しぶりに曽野綾子さんが登場されていました。
http://sankei.jp.msn.com/column/1522/clm1522-t.htm



少し話が逸れてしまいますが、昨日の亀田興毅の謝罪会見(まるでマスコミによる集団リンチのようでした)も、マスコミのいびつさを感じる一つのいい例ではないかと思いながら見てました。
別に亀田親子を擁護するつもりはありませんし、本来なら父親が出てくるべきだろうとも思います。
ですが、TBSをはじめマスコミはよくもこれまでの自らを恥じもせずに、世論の代表のごとく正義の味方ぶり、しかも父親を否定させる踏み絵のような質問を投げかけていました。まるでつるし上げ、そこまで言うかって思いました。
今まではどんなパフォーマンスでも好意的に報道し、良識的な意見よりも亀田親子を持ち上げておきながら、「世論を代表して」と言わんばかりに叩きまくるという醜い記者会見だったと思います。くどいようですが、
世論を代表して正義を振りかざすという図式、(これに安倍元総理も徹底的に叩かれて政権を潰されてしまったと私は今も思っているのですが)、そういうものは恐らく曽野綾子さん流に言わせてもらうなら、「正義など、何ほどのものか」です。

まして、事実の捻じ曲げ、論点のすり替えで自国の過去を断罪することばかり熱心な
○○系メディアの記者たちにしても、集団自決の強制はなかったという事実を知っているにも関わらず、真実を封じ込めて嘘を書く。そして後でそれが間違いだったと明らかになってもきちんと謝罪することもなく、居直ったり知らん振りの厚顔な態度をとって来たことを考えれば、もし罪の質という言い方を許してもらえるなら亀田問題など比較にならない程ささやかな問題であり、本当に反省すべきは各メディアではないかと私は思います。
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by hanamizukidayo | 2007-10-28 01:09 | 政治・社会

紅葉も始まったそうですね・・

こんばんは

日曜日の私の定番番組 「報道2001」 「題名のない音楽会」 「サンデープロジェクト」
数週間、見る気もしなかったのですが、今日は久しぶりに観てみました。

番組終了後、忘れないうちにと思い感想を書いたのですが、
消えてしまいました! ハァ~~( ̄▽ ̄;) 

サンプロに出演された増田総務相の地方格差対策論に興味が湧いたので、
調べているうちにうっかりしてしまいました。
でも、消えてよかったかもw 今ニュースサイトを覗いてみたら記事になってました。

http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2007101400059

私は福田内閣にはまったく期待をしていませんので、正直なところ
最近政治関係のニュースを見るのもしんどい気分ですけど、かと言って
小沢さんの動向は気になりますし、このまま「保守」が立ち消えになってしまったら
とんでもない国になってしまうと思います。今の国会についても、出演していた石原慎太郎氏が「チマチマした事ばかり議論してないで、もっと本質的な事をやって貰いたいよ」と
仰った言葉にまったく同感です。

昨日入院された高村外相ですが、番組中「本当に来れるのかな」などと心配(?)の声が上がった中、予定通りに出演された姿に何だか感動してしまいました。「テロ特措法が集団的あるいは個人的自衛権とは別のものだという事をもう少し言論人も理解して貰いたい」とも仰って、番組そのものにもあてはまるような苦言もありました。



☆本日の石原節

小沢氏のJSAF参加論について
 「国連信仰だね。鰯の頭も・・(なんじゃらかんじゃらw)」

「憲法改正と言ったってね、9条だけじゃなくて、 
あの醜い条文をすべて変えてくれよ

エコーがかかったように石原氏の声が聞こえたような気がした(多分、私だけ)途端、
プツンと時間切れになり、画面は切り替わってしまいました(笑

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by hanamizukidayo | 2007-10-14 19:42 | 政治・社会