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平和宣言ー産経社説

【主張】広島平和宣言 なぜ北の核には触れない

 広島が62回目の原爆の日を迎えた。秋葉忠利市長は平和宣言で、「日本国政府は世界に誇るべき平和憲法をあるがままに遵守し、米国の時代遅れで誤った政策にははっきり『ノー』と言うべきです」と訴えた。だが、今年も昨年と同様、北朝鮮の核には言及がなかった。

 北朝鮮は昨年7月、計7発の弾道ミサイル発射実験を行い、10月には核実験まで強行した。日本にとって当面の最大の核脅威は北朝鮮であろう。秋葉市長の平和宣言はなぜ、北朝鮮の核の脅威には言及しないのだろうか。

 6カ国協議で、北は寧辺の核施設の稼働停止に応じ、非核化へ向けて第一歩を踏み出したかに見える。だが、核計画の完全申告や核施設無能力化などの問題は先送りされ、実施のメドすら立っていない。北は軽水炉をはじめとする要求を拡大することで、時間稼ぎを図る可能性も残る。
 そうした時期だけに、北朝鮮に対して完全に核廃棄を求める強いメッセージが必要だった。国際社会も日本国民もそれを期待している。
  (略)
 6月末、久間章生前防衛相は千葉県内での講演で、米国の原爆投下について「しょうがない」と発言し、大臣を引責辞任した。日本は侵略したのだから原爆を投下されてもやむを得ないという考え方は、今も日本の一部の教育現場に残っている。

 だが、広島や長崎で原爆の犠牲になった人々のほとんどは、非戦闘員だった。米国でも戦後、アイゼンハワー氏やリーヒ氏ら元将校が原爆投下を疑問視する発言をしている。「原爆はソ連との政治戦争に使用された」(米の女性歴史家ヘレン・ミアーズ氏)といった見方もある。

 現在も多くの被爆者が後遺症に苦しみながら亡くなっている。原爆の悲劇を繰り返さないためにも、バランスのとれた平和教育が必要である。

                       (2007/08/07 05:05)

続く・・
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by hanamizukidayo | 2007-08-10 10:21 | 政治・社会

連鎖

   私たちの親の世代も

 戦争という大きなトラウマを負っているのです。

  だから・・許しましょう。





       長崎原爆忌のニュースを見ていたら
       ある人に言われた言葉を、ふと思い出してしまった。

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by hanamizukidayo | 2007-08-10 01:32

冷戦教育・・

 冷戦背景の「曲折」検証の時と題し、教育ジャーナリスト勝方信一氏の
8月4日付読売新聞「教育言論」の記事が目に止まった。


 私が集団主義教育の洗礼を受けたのは1965年から1968年に当る。
唐突だが、エホバの証人と家庭聖書研究を始めたのが1983年で
パプテスマを受けたのは1985年だった。献身すべきかどうかためらっていた
頃、70年代のものみの塔に載っていた元共産党員の男性の経験を読んだ。

こういう価値感に生きてきた人でも"真理"だと確信して献身したのだ・・
地上の楽園・神による支配は信じるに値する現実的な希望なのかも知れない。

活字好きな私のために司会者は古い雑誌をたくさん回してくれていた。
この経験談を何度も共感しながら読んで決意が固まり、
「忠誠を誓う人々」地域大会で献身した。


 話が逸れてしまったが、要するに10代の初めに滝山コニューンのような
集団主義教育を受けた事で、「JW教理」を受け入れ「組織」に従順という
規範を守る下地が自分の中に出来上がっていたのではないかと思う。
  また「楽園」という理想社会への期待も・・

              *******

 夏は記憶を振り返らせる。
原爆忌、終戦記念日と、居住まいを正すべき日が続くからだろう。
思いは終戦教育の変還にも及ぶ。一冊の本に出会った。
  
  「滝山コミユーン 一九七四」

 東京郊外の団地で育った著者が、小学校での体験を
6年生だった1974年を中心に振り返っている。
ある若い教師が赴任してくるところから「物語」は始まる。
教師は学級の密度を高め、「民主的集団」を作ることを
目指す。その手段として、学級の役割分担で役につけない
班を意図的に作って「ボロ班」とし、班の競争を促す。
リーダーに育てた子供を児童会に送り、集団作りを全校
に広げていく。
 (略)
 一読して感じるのは、民主的装いを凝らした実践が
個人を集団に巻き込むことの恐ろしさだ。集団に
同調できない子供の孤独と不安の深さだ。
 若い教師の取り組みは、日教組・自主教研から
誕生した民間教育研究団体の提唱だった。
旧ソ連の集団主義教育の影響を受けていた。
冷戦期という時代背景を反映していた。
 今、冷戦期の教育活動への批判が注目を集めている。
国家斉唱拒否教員への処分に反対する憲法学者が、
かつて国旗・国家否定の教育に走った教師を
「特定の評価を子供に押し付けた」と批判している。
「思想・信条の自由」尊重の立場からの発言だ。
    否定と自由とは違う。
 現在の教育学を「冷戦期に背負い込んでしまった
学問的負債の清算に苦しんでいる」とする学者もいる。
革命的な運動と連携して研究を進めた結果、理論的な
足場を失ったとする指摘だ。
 戦後教育に対するようやくの検証作業である。
教師のイデオロギー的な教育活動が、行政側の
厳しい対応を呼んだ面もある。

長く続いた教育論議の錯綜に終止符を打つには
検証を誠実に、実証的に行うしかあるまい。
  (略)

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by hanamizukidayo | 2007-08-08 17:35 | 政治・社会

互いにそうあってはならないとされることが国によっては違う

 横綱・朝青龍引退危機説の報道を観ながらちょっと呆れているところです。
ご存知ない方はいないかもしれませんが、一連の騒動の始まりは今月の初めに巡業を仮病でサボって母国モンゴルで元気にサッカーをしていた事が発覚して、4ヶ月の自宅謹慎という処分を身に招いてしまったことです。朝青龍に言わせると、その処分によるショックで入院中から精神的苦痛な苦痛を訴えていましたが、昨日朝青龍の知人を通じて往診を依頼された東京都内の開業医、本田昌毅医師は「うつ病の一歩手前。今のままなら3、4日で発症する。本人が望む最良の環境で休養するのが一番」とコメントを出しました。

横綱になったとは言え日本人の感覚ではないなぁと思いながら見ていましたが、この医師のコメントにはさらに呆れました。「早くモンゴルに返さないと本物の欝病になってしまう」「4ヶ月も自宅謹慎の処分を受けたら職場復帰が非情に困難であることは間違いない」まるで理不尽な扱いを受けている社会的弱者を救済しているかのような言い回し。どこかで聞いたような問題すり替え論者だなぁと思いながら聞いていましたが、そうか・・
浅原彰晃の弁護団や最近では山口母子殺人事件の弁護団の奇妙な屁理屈ねじれ詭弁にそっくりではないかと気が付きました。

朝青龍は「モンゴルに帰りたい、お母さんの作った料理が食べたい」と言っている、ショックにより食事は喉を通らずこのままであれば筋肉も衰え、後3、4日で欝を発症するだろう(私は専門科だから分かると)。未然に防ぐためには彼の望むままにさせるのが望ましいしそうすべきだと擁護しているのです。医師の権威で。

帰るなら横綱の地位を捨てて帰ればよい事で、処分が気に入らないからと子供のような我が儘が許されてよいわけがないと思います。
この件で思ったのはもう一つ、横綱朝青龍は彼の持つ中華大陸のDNA故に問題の本質は理解不能なのかもしれない・・なぜ日本人はこんなに自分を怒るのか、なぜこんな処分に甘んじなくてはならないか腹が立ってしかたないのではないかと思います。中華思想と日本的思想の決定的違いを見る一つの例かも知れないと思いました。
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by hanamizukidayo | 2007-08-07 19:31 | 政治・社会

8月 ・・ 今年もまた


 今年もまたヒロシマ・ナガサキの原爆の日、続く終戦記念日を迎える。テレビや新聞を見るたびに、毎年この時期は特別な思いに浸される。

私が初めて、ナガサキの原爆記念館で被爆の写真や平和の像を見たのは中学時代だった。初めての異国情緒豊かなナガサキの町は美しかったことが、逆に深い哀しみを誘った。

想像を絶する悲惨な破壊の模様、衝撃的だった。まさに地獄絵・・。
その帰り道、大浦天主堂に寄った。生まれて初めて平和のために心の中で祈った。お土産やさんで買って貰ったマリア像とロザリオは宝物のように大切に持っていた。


 こどもの頃から戦争が怖かった。冷戦が続きゼロ戦や特攻隊の少年漫画の世界には現実味を覚えいつか戦争がまた始まるのではないかと不安だった。母や叔母は戦時中の苦労話をよく話てくれた。エホバの証人と研究することになって、聖書に地は永久に立つ(核によって滅びることはない)永遠に戦争がなくなると約束されている聖句を教えて貰った時、聖書を信じてみたいと思った。

 子供達にも核戦争は絶対に許してはならない事を知って欲しいと、次男が小学校高学年になった夏休み、ヒロシマの原爆ドームに連れて行った。いつか原爆記念の式に出席してみたいと姉妹達に話して、変った人だと笑われた。九条という世界に誇る平和憲法を持っているのに、なぜ改憲しなければいけないのか・・改憲=戦争突入という子供の頃のイメージに囚われ、テレビなどで見聞きする改憲の話題は聞くのも嫌だった。


 今は考えが大きく変ったけれど、平和を勝ち取る手段(そうだ、平和は自動的に受身で願えばかなうという仕方で得られるものではない)が変化しただけであって、戦争のない世界を心から願う気持ちには変わりがないと思っている。

続き・・
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by hanamizukidayo | 2007-08-06 13:31

とりあえず掲載、こういう事だったようです( ̄д ̄;)

  参院選:消えた「福田暫定内閣」構想 3氏会談の内幕


 参院選の与党惨敗が濃厚となった先月29日夕刻、自民党の実力者たちは、首相・安倍晋三の退陣を想定して、元官房長官・福田康夫を後継首相に擁立する構想を具体的に話し合っていた。国会に近いグランドプリンスホテル赤坂の一室に、元首相・森喜朗、参院議員会長・青木幹雄、幹事長・中川秀直の3人が顔をそろえた席でのことだ。

 冒頭、選挙の総責任者である中川は「私の不徳の致すところです。申しわけございません」と2人に深々と頭を下げた。参院自民党、とりわけ手塩にかけた参院津島派が壊滅状態になった青木は、吹っ切れたように「森さん、私もこれで楽になります。高みの見物でもして過ごしましょう」と乾いた声で笑った。

 「責任をとって幹事長を辞めます」と中川。青木も「私も同じだよ」と同調した。3人の関心は安倍の進退の1点に絞られた。前日の28日夜、安倍は森の携帯電話に「今後も続けるつもりです」と伝えていたからだ。森は賛成も反対もせず、返答を保留していた。

 3人は自民党の獲得議席を「40台中盤」「40台前半」「30台」と三つのケースに分け、「30台なら退陣は避けられない」との結論で一致した。青木は「安倍君はまだ若い。今、辞めれば次のチャンスが生まれるかもしれない」と言った。

 「じゃあ、それなら誰がいいのかなあ」。3人が異口同音に口にしたのは、「福田首相」による次期衆院選までの選挙管理内閣構想だった。「彼なら落ち着いているし、安定感がある」。ただし、福田は71歳。福田を評価する森らも、あくまで「暫定的な緊急避難措置」と考えていた。

 「アルツハイマー」発言でミソをつけたものの、外相・麻生太郎だけは、党内に「ポスト安倍」の人材が枯渇するなか、温存しておかなければならない--。それが3人の共通意見だった。

 協議を踏まえ、森は「じゃあ、今晩中におれが福田さんに会おうか」と言った。ただ、その前に首相が当日夜のテレビ出演で、進退についてどう語るか確認しておくことも必要だった。

 森と青木は、中川に首相公邸に出向いて、安倍の意思を聞いてくるように求めたが、中川は「いや、記者もいっぱいいますし」と尻込みした。森は「幹事長が総理に会うのは、誰も不思議に思わないよ」と中川の背中を強く押した。その場から首相公邸にアポイントメントの電話を入れた中川は、電話を切った後「総理は麻生さんと会っているようです」と、森と青木に告げた。

 午後6時前、麻生と入れ替わるように首相公邸に入った中川に、安倍は「結果がいかなるケースであろうと、解散のない参院選で、政権選択が行われることはあるべきではない」と続投への強い意思を伝えた。「ポスト安倍」は安倍という強烈な意思表示だった。

 「続けるのも地獄、引くのも地獄、いばらの道ですね」と中川。会談後、中川は森に「我々が考えていたのとは全然違う雰囲気です。総理は続けるつもりです」と伝えた。安倍も森に電話し「辞めません。続けるつもりです」と通告。森も「わかった」とのむしかなかった。安倍は周囲に「こんな状況で続けるのはきつい。でもどんな結果になってもやる」と漏らした。この瞬間、「福田選挙管理内閣」構想は幻に終わった。(敬称略)

毎日新聞 2007年8月4日 3時00分



  幻で終わってよかったけどね、何考えてるんだかこの人達って感じです(怒)
  それに、よりによって福田氏はないでしょう~
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by hanamizukidayo | 2007-08-06 00:23

こう思うと楽かもしれない・・

およそ人生で脚光を浴びた経験もない私が言うのもナンですが・・
こんな言葉をさらりと言える及川光博さんて・・すてきだと思う。



 もともと裏腹なものって、好きなんですよ。

 それが本来の姿っていう気がして。

 人間なんて、その最たるものじゃないですか。

 自己嫌悪と自己陶酔の間を行ったり来たりして。

 僕自身、そうだしね。






 まあ、僕は慣れたけれども、脚光以外は闇ですよ。
                      及川光博、かく語りき  より
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by hanamizukidayo | 2007-08-05 23:34

熱中症寸前

 暑い日が続きますね。日頃、クーラーの効いた部屋でなまくらと過ごす時間が多いせいか、
外に出ると暑い、まぶしい~!

 身体が冷えると血行が悪くなるので、クーラーはあまり使いたくないのですが、来客のために消すわけにもいかず、結局1日中付け放しにするので暑さに弱くなったかも・・まずい。

 子供の頃は九州に住んでいたけど、これほど暑くてたまらなかったという記憶はないですね。夏休みが始まると毎朝ラジオ体操に行って、海で泳いだり蝉取りをしたり、昼間は縁側で素麺やスイカを食べてイグサの敷物で昼寝したり、宿題をしたり、お使い行ったりお風呂を沸かしたりお手伝いもして、夕方になると妹を連れて近所の子たちと川で遊んだのどかな光景を思い出します。夜になると庭にはたくさんの蛍がいました。クーラーもない時代だったけど、今思えば田舎に生まれ何でもない日常だったが、今の時代には出来ない体験だと思う。実家に帰ると、周囲の環境も人々の暮らし方も年月と共に大きく変った。一番変ったと感じるのは、こどもたちの様子・・かつてのように無心に遊ぶ姿はどこにも見られない。

 今日は日中、市内の公園や施設を仕事で回りましたが、公園にはまったく人影無し。
日中だったせいもあるんでしょうか。最近公園に行ってもあまり子供達の遊んでいる声が聞こえないし、姿を見ないような気がします。「やっぱりこういう暑い日はプールが一番だね。」と言いながら汗だくになって片付けている私ら夫婦を、庭先で水撒きしていた近所の家のオジサンがいぶかしげに見てました。家に帰ってからハタと気が付いたのですが、何もあんなに暑い時間に出ていかなくてもよかったんじゃないか?って。

 熱中症、気をつけましょう~。
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by hanamizukidayo | 2007-08-05 21:18

信頼

結局今回の選挙で安倍総理は、戦後民主主義に洗脳された「戦後ジレーム」と戦い、結果惨敗し嘲りや圧力を一身に受けておられるけど、揺るぐ事なく貫き通す姿を見せておられるのではないだろうか。マスコミの報道に一喜一憂する必要はない。
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by hanamizukidayo | 2007-08-03 15:19

茨の道であっても・・


森氏ら3人、退陣必至で一致=「続ける」と安倍首相拒否8月2日3時0分配信 時事通信


 自民党が惨敗した先月29日の参院選をめぐり、自民党の森喜朗元首相、中川秀直幹事長、青木幹雄参院議員会長の3人が結果判明の前に、安倍晋三首相の退陣は不可避との見方で一致していたことが分かった。同党幹部が1日、明らかにした。
 それによると、3人が29日夕に都内のホテルで会談した際、報道各社の出口調査などから「自民党の40議席割れは確実で、(首相を取り巻く)情勢は大変厳しくなる。もはやこれまでだ」との認識で一致。その後、中川氏が首相公邸にいる首相に3人の意見を伝え、退陣表明の段取りなどを詰めることになった。
 しかし、首相は中川氏に対し、「いかなる結果になろうとも首相を続ける」と明言。この後、正式に続投を表明した。 
 




今回の選挙は政権を決める選挙ではなかった筈ですが、老獪な民主党首(国会にも出ず地方巡業をして票稼ぎをしていた)やマスコミのネガティブキャンペーンに有権者が惑わされて惨敗という結果を招いたと思っていました。青木氏は元々古い自民党体質の反安倍派でしょうから、意外とは思いませんでしたが、開票直後の幹事長と総理の会見の内容がこういうものだったとは、正直驚きました。小泉前総理が反勢力や自分の足を引っ張る人間は徹底的に潰したのと対照的に、安倍総理はすべて自分の責任と表明して、自身のスキャンダルでもないのに正面から受け止め、責任逃れなどしませんでした。安倍内閣だからこそこれからの重要な課題に期待が持てると考える国民は決して少数派ではないと思います。逆風に吹き荒れる局面に立たされても、自らの信念を貫き通して頂きたいと願うばかりです。
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by hanamizukidayo | 2007-08-02 13:32 | 政治・社会