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人は皆、同じ船の乗客だ

のっけから少々硬い話で恐縮ですが、国民皆保険と皆年金制度が日本で実現したのは、1961(昭和36)年だったと思います。これも確か村山政権の時だったか、高齢者の医療負担が無料になった事も一時ありましたね。

最近は財政負担増で見直しに次ぐ見直しが検討されていますが、いずれにしても、この保険制度により患者と医療機関の垣根が低いため、たくさんの患者が病院に掛かり、他の国と比較しても 外来、入院とも患者の数が非常に多いのが特徴なのではないでしょうか。
(長寿社会にも繋がる。)



昨日、マイケル・ムーア監督の sicoko(シッコ) を観た感想は、まず健康保険システムによって私たちの生活は世界でもかなり優遇されたものであり、誰でも望めば最良の、あるいは生活保護世帯でも医療補助が整っており、貧しくて入院費が払えない人が突然理由も行き先も告げられずに、スラムや街路に放り出される事など聞いた事もない。完全とは言えないまでも、かなりの恩恵に預かっている(一般的に)恵まれた社会だと思いました。


仕事中の事故で、指を切断された中年の大工。
健康保険を持っていない彼に、医師は聞く「薬指をくっつけるのは1,2万ドル。中指は6万ドル。どっちにしますか?」

スーパーマーケットの清掃員として、毎日働く老人。会社を辞めて、福利厚生の一部である保険を失えば、薬代が払えないからだ。健康保険をキープするだけの目的で、彼は死ぬまで働き続けると語る。

上は、次々と紹介されたアメリカ社会の「 医療費を払えないという理由で、命を落とす多くの国民 」の実態が浮かび上がってくるインタビュー場面の一こまです。


9:11テロで救命隊員として、また消防隊員・やボランティアで英雄扱いされた人々の中にも
重い肺の後遺症や、PTSDなのかヒドイ歯軋りのために歯が機能不全になっても、政府の認定を受けられず給付がないために、生活さえ困難になり治療も見過ごさざるを得ないといった人達も出ていました。

彼らは小さな船(ボート)に乗って、マイケル・ムーアと、キューバのグアンタナモ米軍基地に向かいます。もちろん、民間は入れて貰えませんが、海上からマイクで叫ぶのです。

「 そこに収監されているアルカイダ並みの、治療を受けさせてくれ!」
「 9:11の英雄に容疑者達と同じ治療を!」
・・ 返事はありません。

仮想敵国といわれるキューバでは、市民達が誰でも保険証さえ必要とせず、必要な診察や投薬がただ同然で受けられるそうです。病気の救急隊員たちが、特別扱いでもなくごく普通の治療をと望み現地で回復していったあたりは、山場だったかな、感動しましたね。

「 米国で1万4千円する薬が、この国ではどこの街角にもある薬局でわずか6円で買える.
かばん一杯、持って帰りたいわ 」と 元救命士。



ここまで書いていたら、仕事に行く時間が迫ってしまいました。
この映画の突っ込みどころにも少し触れたいので、続きは
日曜日に書きますね。
どなたかご覧になった方がおられましたら、
コメントお待ちします^^

今夜は、超オンチの私なのですが、友人達とカラオケに行く
約束をしましたので、帰りは多分夜中かもしれませんww

今日のタイトルは、エンディングのテロップを観ながら
「これが言いたかったのかな」と思ったのでつけてみました☆

http://patiotalk.jp/archives/03_media/200708/02_002403.php
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by hanamizukidayo | 2007-09-08 12:25 | 趣味

おばさんなのでw

風はまだ強いようですが、お昼過ぎから日差しが出てきました。
ニュースでは関東全域に影響があったようですね。

被害に遭われた方々には、お見舞い申し上げます。


今日の夕方は、映画を観に行く予定です。
前から観たいと思ってチェックしていた米映画。
シネコンのスケジュールをネットで調べたら
今日が、最後の上映日になっていました。

我が家にはビデオデッキがないので、気軽にビデオを
レンタルして観れないのがちょっと不便です。
PCの画面では臨場感が薄いし、眼が疲れます^^;
ど お し ても の場合は、子供の部屋でみるしか
ありません^^;


映画と言えば、先日行きつけの美容院に行った時の事。

いつも予約して担当のスタイリストさんにカット&カラーを
して貰っているのですが、アシスタントの人はその時々で
違う人になります。

私は居眠りしたり雑誌を読んだりしながらやって頂く事も
たまにはありますが、スタッフは20代から30代前半の
若い美容師さんたちなので、大抵の場合いろんな話を
する事の方が多いです。

何故かと言えば、その年頃の若い人達に関心があると言うか
特に20代後半から30代の若い人達の考え方や仕事ぶりに
感心してしまう事がこれまでも数多くあって、どんな職種であれ
その人がどのように取り組んでいるかという事や、価値感などに
とても興味があります。

入ったばかりの新人さんには「夕方になると足が痛いでしょう?」とか
「1日に何人くらいシャンプーするんですか?」
「手荒れしませんか?」みたいな調子で話しかけると
返ってくる内容で大体、人柄なども分かりますしね。

こう書けば、意地悪なおばさんだと思われるかも知れませんが、
一生懸命取り組んでいる姿勢が伝わる時(大抵の場合そうです)って、
何だかとても嬉しくなって、応援したくなってしまうのです。
こちらのほうが元気貰えたみたいで、気持ちもさわやかになりますし。

もちろん、悩んでいる時や疲れていそうな時は何となく分かるので
いつもありがとうとか、それとなく気遣うようにします。大人ですからw

たまたまその日は、初めて男性のアシスタントが付いたのですが、
前からずっといた人みたいで、私の大好きだったスタイリストさん
の話題になって(その人は病気で辞めてしまったのですが)、

「彼女にはとてもお世話になって、よく怒られもしたけど、
自分にはありがたい存在だった。仕事に厳しい人はいいですね。」
と言ってました。

そういう話から趣味や他の話に発展するのですが、映画が好きだと
言うので「どんなのが面白いと思う?」と訊ねたら、
「ルワンダの悲劇でした!虐殺に回った部族の側の人達にも
どうしてなんだと考えてしまった」
何かそういう本を読んでみたいと思っていると言うので、

「虐殺を生延びた、ツチ族の女性が書いた本を持っているけど
読みますか?」と聞いてみたら「ぜひ貸してください」という話に
なりました。



このような事を書けば、私というおばさんはおせっかいな
おしゃべり好きのタイプと思われるかもしれませんが、
おせっかいはともかくとして、普段はどちらかと言えば、
無口です。本当です^^ 分かる人には分かるでしょう。

おしゃべりもしなくはないですが、他の人達のお話を聞かせて
もらうのが、どちらかと言えば好きですね。
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by hanamizukidayo | 2007-09-07 15:00

秋色の彩り

  今日届いた首相官邸の庭のフォトです。


  オミナエシの黄色が、除々に広がり

  風にそよいでふわりと揺れている

   そうです。

                             d0115758_20584917.jpg


台風の雨風が

だんだん強く

なってきました。


どこも

大きな被害など

生じませんように
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by hanamizukidayo | 2007-09-06 21:18 | 写真

とりとめもなく雑談っぽい話

ブログを始めた当初は、どこでエホバ時代の知人が見て「あの姉妹では?」と察し、面倒に巻き込まれるとも限らないので、あまり私的な部分には触れないようにしたいと思っていましたが、今日は「まぁ、いいかw たまには書いちゃえ」という気分です。

と、思ったきっかけは、最近「ニート問題」に付いて、たまたま幾つかの記事を雑誌で読んだ事にもあるのです。

その一つは、Voice9月号の石原慎太郎氏と、宮台真司さんの特別対談だったのですが、双方の、一見噛み合わなさそうに見える対談の中身は非常に面白いものでした。宮台さんは、学校問題(生徒側から見た)で藤井誠二さんというジャーナリストと共著もあり、数年前までは本を読んだり、一度だけですが講演を聴いたこともあります。政治的な思想までは当時よく分からなかったのですが、テレビの討論会等でも発言されていますね。早口ですし、やたらと外国語の専門用語を使われるので、残念ながら意味不明・・が多い私です^^:

この対談でも、石原氏の切り口(ただし、質問する側でそれに対して宮台さんが自説を振るう)が面白かったのですが、ニート問題は一口に語れない要素がいろいろあるでしょうし、立場によっても考え方は多様だろうと思います。
辛口ではあるけれど、石原氏のように堂々と仰る大人がいるのは良い事ではないかなと思いますね。もし、何でも容認・肯定し、「それでいいんだよ」と言う人ばかりだったら、考えるきっかけにならなかったり、「しょせん人事だし、自分には関係ないよ」みたいな無責任さや無関心さに繋がるかも知れない・・そのほうが怖いと思いますね。


印象的だった別の記事は、さかもと未明さん。
「 右ですが、なにか? 」とおっしゃてる人です(笑
ニートと呼ばれる人達の心に澱のようになっているどうしようもできない無力感に、深い共感を寄せながら、自ら立ち上がろうとするのに力を与える何かのきっかけの一つとして、例えば・・

「 安倍さんが靖国参拝をする事は、政治的には非常な苦悩を伴うことかも知れない。しかし、指導者が苦悩を乗り越えて何かを決断する姿勢こそが、国民にとって力を得る事になるのではないか。英霊に感謝を捧げる事と、国民に勇気と励ましを与えることは同じ事だと思う。・・・黙して語れぬ人々の声に耳を傾けて欲しい。」

真摯で温かい視点が伝わってきました^^


厳密に言えば、社会的引きこもりと言われるニートの範疇ではないかも知れないのですが、
我が家の次男も、昨年6月に欝病と診断され、現在も継続して疾病手当てを受けながら、
日々自宅療養しています。

偶然なのですが、ちょうど同じ頃に失業し職探し中の専門学校時代の友人がいて、彼の方から毎日のように来るようになりました。初めの頃は室内でゲームでもしながら遊んでいるのかなと思っていたのですが、仕事で学んだお互いの知識を分け合いながら勉強をしていたのだと知ったのは、1,2ヶ月過ぎてからでした。パソコンの前にいる二人を見た限りでは、全然気が付きませんでしたw それからしばらく後に、長男が友人達と会社を立ち上げたので、二人も手伝うようになって現在に至っています。とは言え、次男は体調を崩す日もまだあって、そういう時には続けて3日位、ぐったりと寝込んでしまいます。

長男に関しては、やりたいことをしてみるのもいいだろう、と言う考えで夫も私も一致していますが、会社員の仕事を3年しか経験していない次男には、もう少し社会的な勉強の機会を持った方が良いのでは?という懸念も正直あります。でも、とりあえずうつ病を克服するのが先ですから今の段階でとやかく余計な事は本人には言えませんが・・

職種柄もあってか、職場のメンタルヘルスや嘱託産業医も置かれている会社に勤めていましたので、上司の面倒見もこちらが恐縮してしまうほど良く、できたらいずれ復帰して欲しいとは思っています。でも、決めるのはあくまでも本人なので相談でもない限り、やはり口出しはしないほうがいいんでしょうかね・・



タイトルに雑談と書いたように、もう少し雑談めいたことを書くつもりだったのですが、途中で宅配の人が来たり、電話が入ったりして書こうと思っていた雑談話までたどり着きませんでしたw
どうでもいいといえばどうでもいいような話ですが、また機会があれば書きたいと思います(笑

今日は夕方から台風が来るようで、窓を開け放していたら床には書類が散乱し、ベランダの枯葉やゴミが舞い込んでしまいました。これからまたお掃除せねばw
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by hanamizukidayo | 2007-09-06 11:19 | 日常

私たちの存在・生きること・希望 など

 
伝道の書を読みながら考えていたのですが、
今の心境に合った聖書解釈を読んだので、
引用を含めて記したいと思います。

人生の流れの中で変わって行くもの、変らないもの
それぞれですし、私自身も外見に留まらず、考えも
それに伴う価値感も変りましたし、そうではない部分もあります。
 自分の人生なのだから、それでいいと思いつつ・・


 ☆ 伝道の書 9章4-10節
9:4 すべて生ける者に連なる者には望みがある。生ける犬は、死せるししにまさるからである。

9:5 生きている者は死ぬべき事を知っている。しかし死者は何事をも知らない、また、もはや報いを受けることもない。その記憶に残る事がらさえも、ついに忘れられる。

9:6 その愛も、憎しみも、ねたみも、すでに消えうせて、彼らはもはや日の下に行われるすべての事に、永久にかかわることがない。

9:7 あなたは行って、喜びをもってあなたのパンを食べ、楽しい心をもってあなたの酒を飲むがよい。神はすでに、あなたのわざをよみせられたからである。
9:8 あなたの衣を常に白くせよ。あなたの頭に油を絶やすな。

9:9 日の下で神から賜わったあなたの空なる命の日の間、あなたはその愛する妻と共に楽しく暮すがよい。これはあなたが世にあってうける分、あなたが日の下で労する労苦によって得るものだからである。

9:10 すべてあなたの手のなしうる事は、力をつくしてなせ。あなたの行く陰府には、わざも、計略も、知識も、知恵もないからである。

*1
すべての人間の生活は主の御手にある・人間は必ず死ぬ・人間は腐敗したのであります。しかし、否定的な人生で聖書は終わるのでありません。ここで、生きる喜びについて考えたいと思います。

1.生きる感動
9:4 すべて生ける者に連なる者には望みがある。生ける犬は、死せるししにまさるからである。

生きるというのは、「希望」であります。生きている限りは希望があるが、死んでしまえばすべてはおわりであります。『生ける犬は、死せるししにまさるからである』という言葉はアラブのことわざであります。
イスラエルでは犬をいい動物として考えておりません。犬を大切に考えてません。しかし、聖書では 生ける犬は死なせるししにまさると言われています。
ここでの意味は生きるというのは感激であり、喜びを現しています。
大変な生活の中でも、希望と喜びと感動が伴います。

 生きる喜びを神様が我々に与えたのであります。


生きていることは一番美しいことであります。生きている花・生きている木・生きている動物・生きている人間。生きているのは、我々に感動を与えるのであります。
〈犬〉は軽蔑された存在であり(参照Ⅰサム17:43),愚かな存在と考えられていた(箴26:11).〈獅子〉は百獣の王として称賛されていた(箴30:30).5節死んだ者は意識がないので何も知ることが出来ないから,生きている者よりも劣っている.6節死んでしまえば〈愛〉や〈憎しみ〉のような感情も消えうせ,生きている者の世界とは何のかかわりもなくなってしまう。


わたしの父のみこころは、子を見て信じる者が、ことごとく永遠の命を得ることなのである。そして、わたしはその人々を終りの日によみがえらせるであろう」。
(ヨハネ6:40)


*2
神がこの世界を創造されたのは、他に何か目的があるのではなく、その創造自体が目的だと考えられる。(創世記 第1章1節)

 神はまた、慰めや楽しみをも必要としない充足したお方だから、この世界は、神の楽しみのために創造されたのでもなく、万物を創造することは、むしろ神の御性質の一部でさえあったと考えられる。それが自然だったのだ。(創世記 第2章2節)

 かくして、この世界や私たちは、神の御性質に従い、必然的に創造されたのであり、「何のために」との理由などないと思われる。むしろ、この世界や私たちが創造されず、存在しないという可能性は無いと言える。つまり、神がおられる限り、万物も私たちも存在するしかないのだ。

 この時間の中で、エントロピーの法則により、無秩序に向かっている世界においては、手段や戦略が重要となるが、神にはそれが必要ない。永遠の世界には、手段も戦略もない。(伝道の書第9章10節)


 私たちが「何のために」と問うのは、この有限な世界にいるからなのだろうが、真理を知るためには、永遠の世界の思いを持つ必要がある。神がそれを与えてくださる。
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by hanamizukidayo | 2007-09-05 09:34 | 宗教

メディアと本と

先日の日曜日も朝の「報道2001」から始まって、ほぼ午前中いっぱいテレビの前に陣取っていたのですが、顔ぶれは政治家も学者も弁護士も局におもねた「安倍総理降ろし」のドタバタ放送という感で、さすがに最近はワイドショーの類までは見なくなりました。
 ある方のブログにあった記事ですが、

「新聞社やテレビ局の報道など、朝日新聞なら朝日の社風による偏向反日的報道となり、産経新聞なら産経の社是による親米憂国報道になるということ。購読者や視聴者でまともにそういった新聞を読んだり、テレビ報道を見たりする方たちって、そういった理念に賛同する人たちか、逆にその反対の理念を指示する人たちくらいなもので、フツーの人たちはいまや新聞などまともに読まないだろうし、新聞社系列の報道番組がどんな切り口でどういう報道をするかも、聞かなくてもわかるような代物ばかりだからこそ、フツーの人たちは、ワイドショーほど真剣には見ないし、良くも悪くも報道で得られる情報に対する反応もカップラーメン的な対応に終わっているんじゃないかなあ。」


私もフツーの人間(だと思っているw)なので、特に前半部分には同感しますが、何しろ長い期間エホバにいて特に 失われた10年と言われる時代に関しては、ほぼ浦島状態なんですね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%B1%E3%82%8F%E3%82%8C%E3%81%9F10%E5%B9%B4


それに加えて、前にも書きましたようにエホバに入った動悸のひとつが共産主義的楽園幻想に惹かれたという事もありましたし、教理である 「政治・商業・偽りの宗教」は諸悪の根源なるサタンの体制だから「離れるように!」と言う警告を、当時はまともに受け止めていました。
小泉内閣が発足して、田中真紀子さんが外務大臣に就任した頃から組織への不信に嫌気がさすようになって、、オマケに欝がひどくなっていった時期でしたから家でごろごろしながらお茶間政治ワイドショーを野次馬意識で見ていたような気がします。
 余談ですが、私はこの頃の記憶がひどく曖昧です。


曽野綾子さんの本を読み出したのがきっかけで、現世における信仰感というものは、むしろ今の時代や社会をしっかりと見極め、地に足を付けた現実を生きる事で信仰もより生かされるものではないかと考えるようになったような気がします。
世界の貧困国にも何十回となく足を運ばれた曽野さんの視点は、今の私たちの価値感やあり方、多様な価値感の世界にあって、一定の評価を含めた自国やその恩恵に預かる者としてのありようなど再考させられ、愛国心や政治にも自然と心が向いていきました。

尊敬する精神科のお医者さんが、「家族制度には限界と弊害がある。これからはフェミニズムでやっていくしかないだろう」と言われた言葉を真に受けて、一時はフェミニストの本も読み漁った事がありましたが、どこかしっくりきませんでした。今は、そう感じたのは無理もないと思う反面、悪しき思想に染まらなくて良かったと思います。


新聞・テレビの報道は、今までが余りにも無知だったゆえに見続けましたし、そのお陰で例えば新内閣改造や、野党の主張 はたまた政治家の顔ぶれと大体どの閣僚が根底にどのような思想的考えを持った方で、何を目指そうかとしているかが、おぼろげながら見えてきたように思います。
 ですからそういう意味では私には有益だったかなぁと思います。



先日、石原慎太郎氏をテリー伊藤がインタビューしていましたが、彼のようにはっきりと言う人がいれば国民には分かりやすいし私も頭を使わずに「そうだ、そうだ」と笑いながら見て、ハイお終いで済むかもしれませんが、幾らファンでもそれだけで満足して分かったように思ってしまうのはどうかと思いますね。

O 「朝青龍問題をどう思われますか?」

  「ダメだよこんなの。舐めとるよ、日本を。親方も理事長も優柔不断」

O 「新内閣についてネーミングするとしたら?」

  「ネーミング、嫌だね~。   ま、頼りある内閣かな」

O 「テロ特措法についてシーファー大使と小沢さんの対談については?」

 「メディアを集めてみんなの前で大見得切っての反対、
  ヒジョーに失礼だ。ああいう外交は良くないね」
 
 話としてはもちろん同感ですし、面白いですけどね。





今日は外出したついでに本をまとめ買いしてきました。

Amazonでも検索して2冊頼んだばかりですが、読むのに時間が
 かかりそうなものばかりです。前から読もうと思っていた「メディアと官僚」は
 入手しましたが、興味を惹いた同じ扶桑社から出た新書「騙される脳」は
 ネットでも書店でも見当らず残念でした。
 
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by hanamizukidayo | 2007-09-04 14:51 | 趣味

秋の気配

夕方になると虫の音が聞こえ、昼間の暑さもすーっと消えて
本当に過ごしやすいいい季節ですね。

涼しくなった途端、我が家は皆の食欲が旺盛になった
というか、前に戻り「あれが食べたい、これがいい」など
リクエストが出るようになりました。

一昨日はドリアを作ったのですが、けっこう好評でした^^
冷凍しておいたチキンライスにクイックマカロニグラタンの元で
作ったソースをかけただけですが^_^;
バターやミルクをたっぷり使ったせいか、身体に優しいという感じ
がしました。テレビを見ながら食べ終えたとたん、ムショーに
眠くなって、珍しく薬も飲まず次の朝まで12時間も
寝ました。それが昨日の日曜日だったのですが、やたらと
昼間も眠くてしかたない日で、昼寝もたっぷりしました。


今日は夫の仕事の作業を、うちに集まる全員が手伝いに
かり出され、朝早く出かけましたがまだ帰ってきません。
今夜はギョーザが食べたいと言ってたので、皮を買いに
近所の商店に行ってみましたが、売り切れでした。
ついでに魚屋さんを覗いたらもう、秋刀魚が出ているんですね。

でも、やっぱり今日はお肉がいいんだろうな・・
夫に渡された宿題(仕事)を片付けながら、
豚肉のブロックに酒とお醤油、ねぎと生姜を
入れてコトコト煮豚を作りながら帰りを待っている
ところです^^
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by hanamizukidayo | 2007-09-03 19:06 | 日常