cantata777.exblog.jp
ブログトップ

<   2007年 12月 ( 10 )   > この月の画像一覧

クリスマス ー 光に導かれて

昨夕、教会の燭火礼拝に行きました。

映画「マリア」を見て以来、今年のクリスマスは教会に行こうと
決意していました。
インターネットで探し、クリスマス礼拝の時間も調べておいたのですが、
さすがに、直前になってみると、「誰の紹介もなく、たった一人で
いきなり入っていったら不審に思われないだろうか」などと不安な
気持ちがよぎりました。

いずれにしても、仕事を終えてから直行しなければならないので、なるべく
自宅に近い教会を選びました。そうやって、心に決めていた処は
あったのですが、その教会から百メートル位離れた場所に
あるもうひとつの教会も、写真で見た感じとよく似ているので、
どちらの教会に入るべきか迷ってしまいました。

教会の名前くらい覚えておけばよかったのですが、
牧師さんのプロフィールだとか、他の情報に気をとられて
うっかりしてしまいました。相変わらず肝心なところで間抜け
てしまう慌て者です。

結局、入り口のドアに「どなたでも、ご自由にお入り下さい」と
書いた札が下がっていた方の教会に入ってしまいました。

牧師さんのクリスマスメッセージは涙が出るほど感動的な
お話でしたので、記憶に残っているうちに日を改めて書きたい
と思っています。


   ヨハネによる福音書 1章9節

        すべての人を照すまことの光があって、世にきた。

[PR]
by hanamizukidayo | 2007-12-25 16:17 | 宗教

道に迷わずに


一年たつと

見えてくること
聞こえてくることが

多くなって

かつ

いろんなことが

結び付いて


ああそういうことだったのか



得心する毎日です。



私はこの一年で

どう変わったのだろう。


少しは
成長しただろうか。

周りに
不快な思いを
させていないだろうか。


反面教師が現れ

また
人生の師と仰ぐ人も現れ

さらに
涙の出るくらい
ありがたい仲間もでき


毎日が私の
成長の一歩となっていればいいな




思います。



さあ!

私はこれから

どう歩いていこうか。



もっと

多くの人に

出会いたいものです。




皆様に
感謝します。


本当に
ありがとうございます。
[PR]
by hanamizukidayo | 2007-12-23 09:23

日本は「神の国」

ひよかさんへ☆

ひよかさんが読まれた本に刺激を受けまして、「神社に隠された日本人のルーツ」「聖書に隠された神道のルーツと極東イスラエルの歴史」等、今読んでいます。


小林隆利牧師のサイトはその本で知りました。
教義らしきものもないのに、私にとって心引かれる神道。
なぜだろうと不思議に考えていました。
幼い時の記憶が懐かしさを呼び起こすのかと思っていましたが、日本人のDNAには古代のヤハウェーを慕う記憶が刻まれているようです。

宗教を求める動機のひとつに「自分は何者か、人はどこから来てどこへ向かうのだろう」という疑問が存在すると思うのです。私は無邪気で幸せな子供時代だったとは言えない経験をしてきたせいか、なぜ産まれてきたのか、何のために生きるのか、若い時から比較的考えてはきましたが、本当に宗教にその答えを見出すことが出来るのか、すべての疑問が消えたわけではありません。

でも。今回ひよかさんのおかげで、今、私の中で
眠っていた何かが目覚め、視界が開けて来たような気がします。
私はこの感覚(知識ではなく)を大切にしたい。
いずれどこか教会に属するかも知れませんが、
本当に自分らしくあるために、素晴らしい情報とヒントを
頂くきっかけを与えて下さったひよかさんに感謝しております。


d0115758_10381862.jpgd0115758_10384334.jpg
[PR]
by hanamizukidayo | 2007-12-16 11:07 | 宗教

どうしましょう~~!

心配で心配で、たまらないことが起きてしまいました。

飼い猫のたまちゃんが、昨夜から行方不明なのです。

深夜から今朝にかけてマンションの周囲を探し回りましたが、
見つかりません。

どうやら、ベランダ側の窓の隙間から外へ出てしまったと
思われます。
明るくなるまで一晩中明かりを付けて待ちましたが、帰ってきません。

妹のミーちゃんも昨夜から元気がなくて、たまちゃんの姿を探し回っているのが分かります。
昨夜は私の傍で少しうとうとしただけで、後はほとんど一晩中ベランダに向かっておとなしく
座っていました。

この寒さの中、一体どこにいるのか、本当に心配です。
家の中にいない事がはっきりしたのは、夜の10時を過ぎてからでした。
たまたま昨日は仕事で出かけたので、昼間は全員留守していました。
私はお昼と夕方に二度ばかり帰宅したのですが、ねこちゃんたちが
エサを食べている間にベランダの窓を開けて換気をしました。
それからまたお店の手伝いに行かなければならなかったので窓を
閉めたつもりだったのですが、しっかりと閉めなかったんだと思います。

とりあえずパソコンから写真をアップして、A3の用紙いっぱいの
大きな写真と、お願い事項を書いたものを10枚コピーして目に付き
易い場所に張りました。勝手に掲示板に張り紙できないので、
管理事務所に行ったら遅い時間にもかかわらず2人の
警備員さんが対応して下さいました。
そして、「本来なら職員がいる時でなければ許可できないのですが今回は
特別に計らいましょう。写真を掲載して良いですよ」と承諾して下さいました。

今朝は8時になるのを待って、同じフロアーのお宅を回り
留守の家にはチラシを残してきました。
でも、いまだに手がかりは何もありません。会った方たちは
皆さん、気をつけて見てみるからと言って下さっていますが、
朝になれば、きっとどこかのお宅で気が付いた方がいるだろう、
そう期待した私の願いは消えてしまいそうです。

まだどこからも連絡がありません。息子が今、外を探しに行って
います。
私は、これから仕事で出かけなければなりません。
こういう時に限って、義兄のお店にも夕方から連日手伝う
約束をしているために、帰りがまた遅くなりそうです。



でも、たまちゃん絶対に絶対に見つけるからね。
ごめんね。ごめんね。たまちゃん。みんな待っているから
無事でいてね。みーちゃんも待っているから早く帰って来てね!
[PR]
by hanamizukidayo | 2007-12-14 13:01 | 日常

何だかなぁ

先日、元証人だったある姉妹から電話があって、
ひとしきり愚痴を聞かされました。

私のように脱塔のため引越しできた者は、皆無とは言えない
けれど、いろいろな煩わしさから解放されて気楽ですが、地元から
離れるのが難しい人にとって、嫌な思いを忍ばなければ
ならない現状は、想像以上の苦痛だと思わずにいられません。


先月だったか、彼女の息子さんを研究司会してくれた若い長老の
結婚が決まって、彼女の家の直ぐ近くに引っ越してきたとか。
それ事態、相当ストレスだと聞いてはいたのですが・・

仕事から帰って、家でくつろいでいると、掃除等の手伝いに
呼び出されたり、行きたくもない結婚式に出て欲しいと親共々
挨拶に来たので、仕方なく息子さんだけ出席したそうです。

当日、なんと お祝いに10万円も包んだそうです。


「何で?親戚でもないのにどうしてそんなに出したの?」
驚いてしまいました。

「言ってみれば手切れ金なのよ。今までお世話になりました、
これでさようなら、という気持ちだったみたい。」



「それにしたって、若干二十歳そこそこの若者が出すような
金額ではないでしょう。止めなかったの?」

「息子の考えだしね。でも、お礼の一言もないようだから、
息子もこれですっぱり縁を切れると言っているのよ。」

「・・・・・・」

私も覚えがありますが、研究に来ればお茶やお菓子の支度を
整え、食事も用意し、物品・金銭の経済的な面倒までみて
「ありがとうございました」とへりくだっていたというか・・
それはそれでもう済んだ事ですが、
して貰って当たり前、という感覚の勘違い人間はよく見かけました。

結局10万円は母親に借金して出したので、少しずつ返して貰っているそうです。

「まったく、やりきれないわね。そんな事してたらもっと相手に
期待されちゃうから、もう絶対に家に来ても会わない、電話
にも出ないように息子さんにも念を押したほうがいいわね。
お礼も言わないなんて、何て親子でしょうね。
ところで、ディナーショーの券をお付き合いで買ったんだけど
憂さ晴らしに一緒に行こうよ」と誘いまして

「えっ、いいの? 行きたい、行きたい!
うーーんとおしゃれして行くね~(笑」
という事で、今夜はその彼女と出かけてきます。
[PR]
by hanamizukidayo | 2007-12-12 14:37 | 日常

宗教について②

救いに関するJwの問題点のひとつは、ひとたび「組織の証人」になったら、自分と他者の救いのため業(伝道)を行わなければならない。更に、たとえパプテスマを受けても、生ぬるい信仰では是認されない、と個々の信仰に圧力がかかり、自己決定という自由は本質奪われ、個人への尊厳や愛は条件付きのものとなる。

これらの事は多くの場合聖書から、また組織の出版物から諭されるため、誠実に正直に自己吟味するほど、多くの抱えきれない重荷を負う羽目になる。誤った励ましは会衆内の指導者や
"活発"な信者の口を通しても常に語られる。


結果、取り決めという「会衆の律法」に従順にさせようという人間的な支配が人を苦しめるのです。神は愛、口ではいいます。頭では理解している。努力する人もいます。けれど、律法下に置かれたユダヤ人達と同様、幾ら業を行おうと頑張っても自分に限界がある事、正しく生きよう願ってもキリストや使徒達の模範に倣うことは元々不可能なのです。結局のところ、それはキリス
トの贖いを否定するような教理なのです。
(旧約の預言は約束されたメシアの到来に焦点を当て書かれた。
そしてキリストの贖いにより、律法「キリストに至る養育係」下に
いなかったすべての人類にも救済の道が
備えられた。このあたりまでは、Jwと大体同じ考えです)



信仰による本当の安らぎや自己肯定感が得られないために、求めれば求めるほど苦しくなる・・救われない惨めな自分を認めざるを得なくなる。宗教は本来、自分をよい意味で高め、健全な自尊心と神への信頼感で人を幸福に包むもののはずなのに。
[PR]
by hanamizukidayo | 2007-12-12 11:02 | 宗教

宗教の存在意義

前にも、吉村作治氏の言葉を引用して記事にしたこと
がありましたが、その続きのような形でまとめてみたいと思います。


不幸にも日本人は太平洋戦争の原因を宗教にかぶせてしまったため、
戦後の人々は、宗教について学ぶ事もできず、誤解と偏見を持ったり
敬遠してしまったりしています。
そういった意味では、世界一不幸な国民なのです。
                   


戦後日本人が、宗教から離れ、拝金主義に陥った遠因はまさに、ここにあると
思います。そして、御利益信仰以外は宗教でないような発想、この世で勝者となる
ための占いや呪い、お祓いや、また霊感商法などもあって、宗教の代名詞は「悪」・・
のイメージすらある昨今です。これは、敗戦が招いた、もっとも不幸な出来事の
ひとつだと思うのです。


戦争責任=天皇=宗教=悪 、 戦後の偏ったイデオロギーに染まった多くの人々は、
宗教がもたらす良い点には目をとめようとせず、世界にまれを見ない無宗教を公言する
ようになり、宗教そのものを否定する事が、進歩的だと考える人を
生み出したのかも知れません。


しかし、特定の宗教に帰属たくしない人であっても、
全く宗教と切り離れた人生を送っているかと言えば、
必ずしもそう思えないし、また見えない。
日々の暮らしの中で遭遇する喜び、悲しみ、苦悩、また
結婚や子供の健やかな成長など幸せや平安を願う時、
病気や死に直面した時、大いなる力の存在に思いを馳せ
ない人はいないと思う。



科学や政治も、ある意味で人間の幸せを追求しているし、貢献も大きい。
かたや宗教は、この世の生と死を包含した幸せ感を追求する。科学や
政治は現実の今ある、この世の幸せを目指しているので、目的論としては
両者は異なっているようにも思える。そういう意味では、まず宗教が
あってその上の実践論として科学や政治が論ぜられていいのではないか・・



宗教が人々の争いや国家間の戦争にいたった事は、すべて、
政治の道具として宗教が利用されたからに他ならず
決して宗教そのものの、意義が損なっていたからではない。
[PR]
by hanamizukidayo | 2007-12-12 10:30 | 宗教

会見のニュース

今日のテレビの番組表に「安倍元総理お国入り」という文字を
発見して、久々に気持ちが明るい。

番組は見れなかったけど、ニュースサイトで会見の模様を
読んで何かほっとしました。この記事で安倍さんは
「大連立構想も、選択枝のひとつ・・」と仰っていますが、
あくまでも現政権に対する配慮故の表現でしょう。
むしろ、彼の政治理念は少しも変って
いない事を確認しました。


給油問題、小沢氏の離党話まで出た大連立報道
福田首相の訪米、現役大臣の証人喚問問題etc.
ずーと見てきましたが、もし民主党に政権が移ったら
日本崩壊だろうという気がします。
自由さえあれば、命さえあれば国などどうなっても
いいと平和主義者のように考えているつもりでしょうか。
生活が第一、本当にそう思うのなら国会の審議を
ストップするような材料を次々と持ち込んで
足を引っ張るような事はもう止めて欲しい。

落ち込んでいる最中、2週間もかけて
小林よしのりの「戦争論」「ゴーマニズム宣言パート?」
を読みました。
欝の時は漫画さえ集中して読めないものだと
思ったけど、ただの漫画ではないから時間が
かかったというべきか。よく調査し、これだけの
ものを書き上げたものだと思う。

戦争を美化し過ぎているという批判もあるかも
知れないが、私たちはあまりにも自国の歴史に
無頓着過ぎた。愛国心が育たないから
隣人である他所の国についても表面的にしか
考えられないだろうし、プロ(政治家)も価値の外交
という捉え方ができないのだと思った。
この本で初めて知ったのですが、
価値の外交を認識していたのは
宮沢喜一故総理だったようです。
だからと言って、対中関係を変えたという
話はないですが。もうひとつ、

ガンジーの無抵抗主義は、空極の
平和主義者の姿です。
国の中だけで「平和が大事、平和だ」
幾ら叫んでも、世界に通用するはずは
ないのです。
「平和のために死ぬ事も辞さないという
日本人はもう居ない」と曽野綾子さんが
おっしゃっていた言葉の意味を、肌に感じた
気がしました。

公の精神を唱えれば極右のように言われ、
時代錯誤だと非難される現代社会では、
自分の命が一番大切な価値感だから
無抵抗主義など考えも及ばないだろう。
あんまり人の事は言えないけど。

JW教では神とサタンの最終戦争でエホバの民は一時的に
試練となる迫害が臨む。
「そのような試練に耐えられるだろうか?」
「エホバの御名は強固な塔。義なる者は保護される。
エホバの御名のあるところに救いがある。
その日に備えて今、忍耐を学びましょう。
嘲笑されても暴力を振るわれても
迫害に備える準備だと思えばいいのです。」

そうやって・・
自分の身は自分で守るとか、
自分の子供を親として
自己責任で育てようという意思は
剥奪されたな。




本当に国民のため、公約実現のためというのなら
額賀問題追求などでお茶を濁すのではなく、
大連立以外の解決方法をもっと真剣に模索して欲しい。
何かにつけ国民の興味を引こうと、レベルの低いスキャンダルに
仕立てては、政権交代の材料を並べているだけ。

いつまでこんな事が続くのかとほとほと
嫌気がさしていましたが、
安倍さんのメッセージに再び、気持ちが
踊りました。

お元気になられたことが何より嬉しいです。

http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/071207/stt0712071939008-n1.htm
[PR]
by hanamizukidayo | 2007-12-07 23:17 | 政治・社会

映画情報

今日はお天気もよいし、出かけようと
計画していたのですが、
またもや予定どうりにいかず、、、

ため息つきながら映画サイトを見ていたら、

おおっ、 ナルニア国物語第2章 発見~ ♪

予告編も見れそうです^^



http://event.movies.yahoo.co.jp/theater/narnia2/
[PR]
by hanamizukidayo | 2007-12-05 12:15 | 趣味

エホバの証人は一体血液の何を拒否しているのだろうか

 心理学総合案内「心の散歩道」

  私の好きなサイトの一つです。


今日何気なく見ていたら、エホバの証人問題も
扱われていたことを発見しました。

今までなぜ気が付かなかったのでしょう。
まだ全部読んでいませんが、
海外の内部改革派エホバの証人たちによって
輸血問題が検証されています。大変
分かりやすくて納得しながら読みました。


ここの管理人さんはカルト宗教への視点も決して
糾弾タイプではないですし、エホバの証人問題も
その痛みを理解しようと努めておられ、誠実な
クリスチャンの姿勢を感じます。


<エホバの証人とお散歩>
http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Kaigan/2272/


<エホバの証人と血の教え>
http://www.geocities.com/Athens/Agora/2105/index.htm
[PR]
by hanamizukidayo | 2007-12-03 21:41 | 宗教