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心を強くするメッセージより

■□■□■ 今日のひとこと ■□■□■
  (隔日メッセージ)  

 


◆◇◆◇◆◇◆  「心」で齢をとろう  ◆◇◆◇◆◇◆

人の年齢は三種類あります。カレンダー年
齢、生理年齢、そして心理年齢。カレンダー・生理
年齢は歳と共に老いていきます。しかし、心
の年齢は生き方によって、いつまでも若わか
 しく、歳と関係なくその働きをなします。
 
「たとい、わたしたちの外なる人は滅びても
内なる人は日ごとに新しくされていく」
 
体細胞は老化現象をおこしますが、神経細
胞はシナプスを活発にすることによって、い
 つまでも衰えをしらぬ新鮮細胞となります。
それには別の視線が必要だという事です。
 
「わたしたちは、見えるもにではなく見えな
いものに目を注ぐ。みえるものは一時的であ
り、見えないものは永遠に続くものである」
 
滅びるものばかり見続けていると、みてい
る人自身もその世界にとどまります。DNA
 は見えない世界から飛来した「見えないメッ
 セージ」です。
 
このメッセージをひもどくことによって、
 心の年齢がさらにゆたかに増し加わります。

――――――――――――――――――

免疫は、毎日闘っているし免疫力のレベルも、人によって、その時の
体内状況によって日々変動しています。人それぞれで、免疫の働き=
活性度が違っていますが、免疫は弱すぎても強すぎても好ましくはなく、
平均的レベルよりやや上の状態で保つことが望ましい免疫力といえるの
です。 現代人の生活スタイルからいって、通常は免疫力が低下してい
る場合が多いと考えられます。免疫力の弱い状態が続いていれば、細菌
やウィルスの増殖を許してしまい、風邪、インフルエンザ、肺炎、結核など
の感染症のリスクが高まります。さらに、変異細胞が生まれて徐々に強固
なガン細胞へ育っていく過程で駆除・排除することが出来ず、がん細胞
の増殖を進めてしまいます。また仮に病気になった場合の回復力も乏しい
ものとなるのです。
それには 「こころを強くする」 することです。この免疫細胞も脳指令に
よって「働らき」をなしています。精神(心・魂)が弱まると細胞活性化がで
きなくなります。「私たちのうちの古きモノは過ぎ去った、見よ全てが新らしく
なった」というコトバをいただくことです。

http://www4.ocn.ne.jp/~kokoro/
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by hanamizukidayo | 2008-01-11 08:59 | 宗教

気合を入れていこう!

【正論】新しい年へ 作家・曽野綾子 どこまで恵まれれば気が済む
2008.1.9 02:52


 http://sankei.jp.msn.com/column/1522/clm1522-t.htm

続き・・・
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by hanamizukidayo | 2008-01-09 22:02

友人の友人は教育ジャーナリスト

1/23号のSAPIOは、読み応えのある記事が多かった。

トップページは平沼赳夫氏へのインタビューで、真の保守を糾合する「平沼新党」を目指す理由を掲げている。
守るべき伝統や文化、歴史は躊躇なく守り、主張すべきことは主張する「保守」を目指す。
ねじれ国会による政治混迷の今、国益・国富を信条とし、健全な保守外交を展開する

対中外交や北朝鮮の拉致問題、自主憲法制定、教育基本法改正、皇室典範、国立追悼施設といった問題についてもしっかり保守の立場から発言していく。(07年12月の中国・南京大虐殺記念館のリニューアルでは、会長を務める勉強会の超党派国会議員約20人で、不当展示の撤回を求めたという)

不調に終わったとは言え、昨年の福田首相と小沢代表の「大連立構想」が決定的な要因で、
私も与党に失望した。かと言って、他の政党には共感できない。
平沼氏の健闘を期待したいと思う。


2007年11月に來日し、神式にのっとり神道の聖地伊勢神宮を詣でたダライ・ラマ法王のインタビュー記事も興味深い。時には根深い亀裂を生み、紛争を巻き起こす原因にもなる宗教。
しかし深刻化する問題に全世界が協力し、平和を実現する上で宗教が重要な役割を果たすと。
「世界にはたくさんの宗教があるが、すべてに共通していることがある。愛と許しの心というメッセージを発していることです。(それぞれの教義が)人間性を高めるための可能性を秘めている点でも同じです。メッセージが同じである以上、宗教同士が連携することも可能なはずです」


桜井よしこ氏は、北京五輪後「日台併合」により国家の生命線を奪われた日本は中国に叩頭する日がやってくるだろうと警鐘を鳴らしている。


今日は三浦朱門の「世界の中の日本」と、「世界を揺るがす宗教団体」という本を読んだ。
午後から党首討論を観た。夕方サークル仲間の友達から郵便が届く。青木悦さんの新しい本が出版されたので「新年のプレゼント。あなたとは意見の違いもあると思うけれど、共感する部分もいっぱいあると思うよ!」と綴ってあった。どうもでーす。パラパラめくっただけでもかなり違いが見えるなぁ。青木さんは、朝日系の記者を経てジャーナリストになり、子育て等の講演活動をしている。話し方もうまいし、信念をもって活動している。今回の本は取材ものではなく、彼女の本音を綴ったエッセイ風だし、しっかり読んで感想を送ろうと思う。

あ、党首討論、年金問題の途中で寝てしまいました。新テロ対策特別措置法案に移ってから真面目に見たが、福田首相がこの件で与党党首として少しもブレずに応えていた点は評価したい。
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by hanamizukidayo | 2008-01-09 19:31

心を強くするメッセージ

・・・・・  1月8日  ・・・・・



あなたがしてほしくないことは、人にもしてはならない。あなたが自分も憎
むことは相手にもしてはならない。自分が他人からされる腹の立つような
事は、人にもしてはならない――これを「消極黄金律」といいます。    
逆に「何事でも人からしてほしい、と思うことは相手にもその通りにしなさ
い」 これが「積極黄金律」です。 自分が赦されたければ相手をゆる
し、自分が助けてほしければ相手を助けることです。 自分がほめられ
たければ相手をほめ、理解されたければ理解してあげることです。




■□■□■ 今日のひとこと ■□■□■
  (隔日メッセージ)  

 


◆◇◆◇◆◇◆  「生き方を変えなければ」 ◆◇◆◇◆◇◆

あなたがしてほしくないことは、人にもし
てはならない。あなたが自分も憎むことは相
 手にもしてはならない。自分が他人からされ
る腹の立つような事は、人にもしてはならな
 い――これを「消極黄金律」といいます。
 
悪いこともしないが善いこともしない。人
に絶対に害を加えないが、人の益になること
 は何もしない。そこで、何もしないことによ
って善良な市井人を気取ってはいけません。
 
「何事でも人からしてほしい、と思うこと
は相手にもその通りにしなさい」
これが「積極黄金律」です。
 
自分が赦されたければ相手をゆるし、自分
が助けてほしければ相手を助けることです。
 自分がほめられたければ相手をほめ、理解さ
 れたければ理解してあげることです。

  奥さんのして欲しい事を知っていますか?
子供たちが心から望んでいることをしてあげ
  ていますか。何もしない善より、何かをする
 善にあなたの生活を切りかえることです。

 ――――――――――――――――――

免疫細胞の中でも最強のNK(ナチュラルキラー)細胞は、主にガン細
胞を見つけ出して攻撃します。しかし病原体や感染細胞が増え、戦況
が不利になるとマクロファージがリンパ球に助けを求めに走ります。
リンパ球には多数のB細胞、T細胞が待機していて、マクロファージは
病原体の情報を与えて応援を頼みます。マクロファージから情報を得
たB細胞は抗体を造り、T細胞と共に戦いに向かいます。そして、戦いの
場に駆けつけたB細胞とT細胞が、すぐさま敵を撃退します。
こうなると悪化した状況は一気に好転します。私たちの身体の中では、
これらの細胞が、常に病原体と戦いつづけているのです。
   
しかしこのシステムも絶対ではありません。悲しみ・苦しみ細胞には
弱いものです。ヒトは感情動物です。些細なことに一喜一憂します。
あの人・この人の言葉に「免疫細胞」も食い殺されなす。さあ「こころの
免疫」に任せることです。「私を強くしてくださる方、このマイナス免疫を
打ち砕いてください」と祈ることです

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by hanamizukidayo | 2008-01-09 07:46

軍国主義を肯定するわけではないけれど

昨夜BS日テレ「こころの歌」という番組でFORESTAというグループの
素晴らしいコーラスを聴きました。
この番組、初めて観ましたが、「デュークエイセスや由紀さおり安田祥子姉妹など、
歌唱力のあるメンバーが出るから見ごたえがある」と教えてくれたのは夫です。
(互いに好みが違うので一緒に見るのは、羽健さんが出ていた頃の
「題名のない音楽会」と、スマスマぐらい。)

それにしてもテレビで「軍歌」とは珍しい。
モロ戦闘歌だったのでコンサート会場の観客の反応が
つい気になってしまいました^^;

知覧の特攻基地記念館を思い出し、
感無量。

歴史を紡いでくれた偉大な先人達。
たとえ間違った道を歩んだとしても、その道を経て
今に時代は繋がっているのだから、
国に命を捧げた人々に敬意を払うのは当然だと
思います。


軍歌・・年配の歌い手よりも、若者のほうが似合うのでより感動。
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by hanamizukidayo | 2008-01-08 00:12 | 日常

遠くから来た人々

 遅くなりましたが、今日はクリスマス礼拝で感動したメッセージを残したいと思います。
と言いながら、案の定記憶が飛んでしまった感がありますので、聖句を見て思い
起こせると良いのですが・・

扱われた聖句は、マタイの福音書2:1~2:12でした。
 
 1~2: イエスが、ヘロデ王の時代に、ユダヤのベツレヘムでお生まれになった時、見よ、東方の博士たちがエルサレムにやって来て、こう言った。
「ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこにおいでになりますか。私たちは、東のほうでその方の星を見たので、拝みにまいりました。」


 クリスマスに先立って公開された映画「マリア」を観た人なら、情景がリアルに浮かぶことでしょう。救い主の誕生にまつわるエピソードの中で、マリアとヨセフに並び、私は東方の博士たちがストーリーを盛り立てていたという印象を強く感じました。ですから、「遠くから来た人々」つまり「東方の博士たち」に焦点を合わせたメッセージを聴くとは、偶然とは思えない驚きと喜びでした。前にも書きましたが、入り口で躊躇し、散々迷い、何とか勇気を出して入った教会でした。現実に教会の前に立った時、突然元JWという後ろめたさのような気持ちが生じ、敷居の高い場所に思えてしまったのです。


 9: 彼らは王の言ったことを聞いて出かけた。すると、見よ、東方で見た星が彼らを先導し、ついに幼子のおられる所まで進んで行き、その上にとどまった。
 「星」が先導した。JWの聖書物語にもこの話が載っています。子供たちに読んで聞かせたあの黄色い表紙の「聖書ものがたり」です。砂漠を旅する賢人たちの真上にひときわ輝く星。彼らが占星術者だったこと、またヘロデの手先として幼子を見つけるように遣わされた者たちだったので、「星」は サタン だという話だったと思います。しかし、そうではなかったのです。キリストの降誕を無視し、それにまつわる話まで曲解させようとするJW独自の教えだったのです。最愛の独り子を人類のメシアとして地上に贈ってくださった神への感謝を
心から表すべき特別の日がクリスマスなのに、いろいろな屁理屈を付けて実際はキリストを軽んじる姿勢が見えるひとつの例だと思います

 「マリア」で観た主の降誕の瞬間の映像は、神聖な雰囲気に包まれたものでした。星、闇を照らす輝く光が、羊飼いたちを、博士たちを、生まれたばかりのキリストへ誘う場面に深く感動しました(これ以上書くと、まだ見ていない人に申し訳ないのでストップしますね)
メッセージに戻って、牧師さんは誰よりも真っ先にイエス様を見つけたのはここに登場した博士たちだったことを指摘されました。当時のユダヤ人から見下されていた「異国の人々」であったというのです。
はるばると砂漠を越えて来たのはアッシリアかバビロンもしくはペルシャ人です。


 11:そしてその家に入って、母マリアとともにおられる幼子を見、ひれ伏して拝んだ。そして、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として捧げた。
捧げた宝物とは、彼らの商売道具だった。それで彼らにとって貴重であると同時に、すべてでもあったわけです。


 12:それから、夢でヘロデのところへ戻るなという戒めを受けたので、
      
 別の道から自分の国へ帰って行った。 

来た時とは異なる、別の道から帰った。それは彼らの生き方(人生)が変った事を意味します。
人生観が変った、思考法が変ったという次元に止まらない変化、それが福音の喜び、
救いを体現するという事では。 クリスマスの箇所で喜びの場面は案外少なくマタイ福音書では
 「その星を見て、この上もなく喜んだ」博士たちに言及しているのみ、だそうです。



 話は前後しますがこの教会の牧師さんは重度の脳性麻痺のために車椅子に乗って、構音(言語)障害もある方でした。しかし聞きづらさは少しも感じませんでした。若い頃は車の運転もされていたそうですが、自分の教会を立ち上げる話が決まったその日に交通事故を起こし、同乗していた最愛の奥さまを失ってしまったという辛い経験を明かして下さいました。

 「ですから、(説教する)資格はない者なのです。・・・・・
私たちは誰でも人生の中で、失敗したり、立ち上がる事の出来ない辛さを持っている。しかしそれをイエス様が変えて下さり、許してくださり、もう一度立ち上がる勇気を与えてくださいます」


 私は今、クリスマスをきっかけに教会に導かれたことを感謝しています。
わずか5,6人しかいない小さな小さな教会に導かれたのも神様のご配慮で、
大勢の人と会うのを苦手とする私の思いをよく分かって備えて下さったよう
な気がします。
静かで暖かい祈りの場所、自分の家に帰ってきたような安らぎを感じました。

燭火礼拝でキャンドルサービスを受け、聖書朗読を聴いていたら、
じーんと胸が熱くなって涙が止まりませんでした。
恥ずかしかったので周りの人に知られないように必死でしたけど。
どうして勝手に出るの、涙。 しかし鳥肌が立つほど聖霊を感じました。

エホバ時代はこのような人達を何も知らずに間違った宗派だとか、
大いなるバビロンだとか思い込んでいたことを心から恥じます。
申し訳なかったと思います。

いろいろな考え方はあると思いますが、信仰とはそれぞれ神と個人の間に存在するものだと思います。そして、ふたりか三人か人が集まっている所にイエス様が共にいて下さるのだから組織や教会がどうしても不可欠とは思いません。しかしともすれば安易な道へ、また自分の好む方向へばかり考えたがる弱さを越えていけるよう、今一度教会の学びを通して神とイエス様に私の歩みをしっかりと支えていただきたいと願っています。そうできますように。
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by hanamizukidayo | 2008-01-03 06:06 | 宗教

「心を強くするメッセージ」より

      「人生」とは問題が発生する場所です。その
       問題によって、ヒトが賢くなっていく「場」
       なのです。

        問題の失敗ゆえに忍耐強くなり、また問題
       を解決したことによって、さらなる知恵が与
       えられる――そして、未解決の問題をその知
       恵と知識とによって、すばらしい対応をする。

        問題を恐れ・逃げ回ってはいけません。問
       題の襲撃を心から感謝しましょう。

       ―――――――――――――――

   
             人だすけの「試練」

        あなたがいろいろな試練に遇った場合、そ  
       れをむしろ非常に喜ばしことと思うことで
       す。なぜなら、試練は「訓練」だからです。

        悲しみがなければ、喜びは判りません。苦
       しみがなければ、楽しみの意味を悟る事がで
       きません。悩み・苦しみ・悲しみは、生きる
       ことの意味を悟らせる道具・用具です。

        体験し経験しなければ、実際には役に立た
       ないものが数多くあります。そのひとつが試
       練です。

       「試練をうけて苦しんだからこそ、試練の中
       にあるものを助けることができる」

        これこそ、実経験・体験の真理です。

        試練の中にあるあなた、もう少し耐え忍び
       ましょう。沈み込んでしまうか、浮き上がる
       かはその試練をどう「学ぶ」かです。

        人は試練と同時にそれに耐えられるように、
       のがれの道も備えられているものです。
 
       その試練をどう学ぶかです。苦しみを呪っ
       てはいけません。自分を助け・人をも助ける
       事のできる「勉強」を感謝することです。

        ―――――――――――――――

 
          「迷いは当然・試練も当然」

        人はだれでも・いつでも迷っているもので
       す。なすべきこと・なすべきでないこと、な
       すための方法・手段――迷いは当然です。
      そのために人生があり試練があるのですから。
 
        人には目標・人生には目的があるものです。
       その目標・目的を達成するために「試練」の
       階段があります。試練を嘆く人・試練にうち
       克つ人・試練を好機に変える人、さまざまで
       す。しかし、金属は役にたつには、鍛えられ
       なければなりません。

        あなたが、人生において試練にあった場合
       それをむしろ非常に喜ばしいことと思うこと
       です――困難のただ中にある人は怒りだすか
       もしれません。

        しかし、心身は鍛練・忍耐・克己という真
       理のメカニズムを通り抜けることによって、
       自信と確信とが与えられるものです。

        安易さばかり求め続けていると、耐える力
       続ける力・勝つ力が失せてしまいます。
 
        試練を喜ぶようになるとホンモノです。

   
  


           http://www4.ocn.ne.jp/~kokoro/
          

       
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by hanamizukidayo | 2008-01-03 04:01

2008年元旦

  新年おめでとうございます。
    今年もよろしくお願いします。


クリスマス以来更新もせず、とうとう年が
明けてしまいました。
やめちゃったのでは?と思われたかも知れませんね(笑
多少・・思わなくもなかったです。
悪戯コメント、気持ちが悪いと言うか
気が重たくなりますしね。

コメント欄も閉じたまま放置してしまいましたが、
お休みの間はマメに削除出来きますので、
また再開して、ヘンなのが来たら即消そうと思います。

今朝は素晴らしくよいお天気に恵まれた元旦でしたが、
初詣とか行かれた方も多かったのではないでしょうか。

私は大晦日からのんびり猫たちと遊んで
オールナイトでテレビを観たり、読書したりして
過ごしました。明け方まで「朝まで生テレビ」
を観ていたら浅草に初詣に行った息子が帰って
来たのでそれからやっと、お節料理にかかりました。
毎年少しづつ、確実に、お節は手抜きになりましたが、
"黒豆"だけは必ず自分で炊きます。
調味量を全部入れ、煮立てた汁の中に豆を入れて
一晩置いたものをゆっくり煮含めるだけなので、
いたって簡単ですし、自分が好きだからw。
今年は、丹波の大粒がデパートにもスーパーにも
出回っておらず、大晦日の夜やっと一軒のスーパーで
見つけることが出来ました。猛暑のために不作だった
みたいですね。


田舎から送ってきたお餅のお雑煮を食べながら、もっと頻繁に
会いに行かなくちゃ、元気なうちに親孝行しなければ・・と、
ちょっぴり胸が痛みました。


  今年もみなさんにとって幸せなよい年でありますように ☆


  追記 1月2日 
 さくらさんへ
 コメントありがとうございました。
 本年もよろしくお願いします♪
 ご家族揃ってお正月を過ごすことができたんでしょうか?
 リハ順調だとは思いますが、さくらさんも疲れないように
 ご自愛くださいね。
 (猫もいるので、家でのんびり過ごしています^^)
 



 訪問してくださったみなさんへ

 いつもありがとうございます。
 頻繁に迷惑なコメントが来ますので、残念ですが
 コメント欄は閉鎖することにしました。 しばらく
 お待ちください。 

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by hanamizukidayo | 2008-01-01 23:49