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台湾から見た日本人

日本を取り巻く状況、特に国際情勢は今深刻な問題を抱え危機に直面しています。


おそらく日本人の大部分は、日本が崩壊するはずはないと思っているだろうが、国家というのはある日、突然に崩壊することもあるのだ。 
        by 佐藤優



 ハルマゲドンよりも怖いw


国と同胞を守る勇気と強い意志どころか、国民に誠実に向きあう意思もない
総理を見ていると、どげんかせんといかんと感じます。
わが国の戦後の民主主義社会がどのような60年だったのか、
浮き彫りにするために、戦前の歴史の正しい理解を得る必要があります。



以下、「日本のお姉さん」というブログの転載です。




【連載】日本よ、こんな中国とつきあえるか(10)
    台湾人医師の直言                    d0115758_0123472.jpg
(転送転載自由)



第2章 台湾から見た日本および日本人     
    争いを避けたがる日本人に平和は守れない

2、台湾で教えられた正反対の日本像

●反日的学校教育と親日的家庭教育

 ところで、台湾人の戦前世代と戦後世代の日本を見る目は違っている。

 戦前世代の台湾人である「日本語世代」は日本統治時代をよく知っていて、実際、日本人として教育された世代だ。その代表的な人物が李登輝前総統である。彼らは日本に文化的な郷愁を抱いている世代で、日本文化にノスタルジアを感じている「文化的日本人」と称してもいい存在である。

 ところが、戦後世代のわれわれ台湾人、とくに四〇代から六〇代は、蒋介石政権による反日教育のせいで日本に対するイメージは決してよくない。しかし、家庭では親はいたって親日的なのである。つまり、反日的学校教育と親日的家庭教育により、日本観が混乱している世代といえる。

 私個人は、一九八七(昭和六二)年四月一日、二八歳のとき初めて日本に来た。桜が満開のころで、羽田空港を出たとき、なんと美しい国だろうと感動した。それが日本の第一印象だった。また翌日、新宿の高層ビル街で、着物姿の美しい日本人女性が歩いているのを見て、現代と伝統の調和に感動した。それ以来、私は台湾の教育で教えられてきた邪悪な民族が果たしてこのような美しい文化を持つことができるのだろうか、と反日教育に疑問を抱くようになった。それと同時に、自分の親がいつまで経っても日本を懐かしんでいる気持ちがわかったような気がしたのである。

●現実と理想を混同する日本人

 私が来日したとき、日本はバブル経済の真っただ中にあった。そのせいだったのかもしれないが、アジア系の学生に対する日本の傲慢な一面もたっぷり味わった。

 留学生はまず部屋探しから日本の生活がはじまるが、私は三〇軒以上の不動産屋を回った。足が棒になった。私が外国人であるとわかると断わられつづけたからだ。日本はアジア系の外国人には差別意識と優越感を持っている、というのが当時の偽らざる心境である。しかし、その後の経験で、これは単に外国人や外国文化に対する知識のなさに起因する拒絶反応だったことがわかった。
 
それから私は研究生活に入り、医学活動にいそしみ、たくさんの日本人の友人ができた。また、その過程で日本文化や日本人の考えを観察してきたつもりである。そこで理解したのは、戦前世代も戦後世代も、どちらの日本人像も間違っているということだった。戦前世代には日本統治時代の懐かしい記憶というフィルターがかかり、戦後世代には反日教育というフィルターがかかっているからだ。

 もう一つ驚かされたのは、日本では大人がマンガを読むことだった。最初は新宿に住んでいたので、本郷の東大まで丸ノ内線で通っていた。通勤電車のなかでコミック誌を読んでいるサラリーマンが実に多いことに驚かされた。マンガの主人公の多くは、正義感にあふれ、冒険心に富み、勇敢にも権力と戦う人物であった。私はあまり熱心な読者ではなかったが、たとえば『課長島耕作』の主人公はそのような人間的魅力あふれる人物に描かれていたように覚えている。

 このように日本人は、正義感にあふれ、冒険心に富み、勇敢にも権力と戦う人物を虚像の世界に求め、現実の世界では「友好」を最高の価値としていた。これは私から見れば滑稽としか言いようがなかった。日本人はやはり、ライオンとシマウマが仲良く暮らせるような社会を求めているような気がする。そうすると、日本全体がディズニーランドのようになっていく。これは、現実と理想を混同しているからだが、以前はモラトリアム、今はニートと呼ばれる若者が多く発生しているのも、これと無関係ではないようだ。

●台湾で教わった日本人像は間違いだった

 われわれ戦後世代の台湾人は学校で、非常に残酷で、狡猾、狭量というような日本人像を学んだ。「狡猾・狭量」に関して言えば、日本人は世界中あちこち進出して工場を建てているが、技術の核心的な部分は絶対に教えないで隠すと教えられた。

 しかし、日本に来てこのような日本人像が誤っていることにすぐに気がつき、学校で教えられた日本人像とまったく正反対であることに思い至った。

 たとえば、最近でも、台湾版新幹線の開通が遅れている問題で、台湾の交通部(国土交通省に相当)の高官が、遅延の原因は日本側が技術を教えないからだと非難していたが、これも台湾の学校教育の影響が強いように思われる。聞くところによれば、決して日本側だけに原因があるわけではなく、逆に技術供与を受けていた台湾高鉄側の対応のつたなさに原因があるようだ。

 日本人は核心を教えないどころか、私が会ったほぼすべての日本人は教え魔だった。道案内から学問に関してまで、手取り足取り、細かいところまで教えてくれた。

 私が研究していた分野は非常に競争が激しかったにもかかわらず、同じグループの先輩に聞いても、別のグループの先輩に聞いても、同じように、しかも詳しく教えてくれた。それも、私がまだ理解していないのではないかと心配して見に来てくれたこともあったほどである。まるで私が競争相手であることを忘れたかのように親切に教えてくれた。

 日本人は、相手に学ぶ意欲と能力があるとわかれば、競争相手であっても、ほぼ例外なく熱心に教えてくれた。日本人は狭量であるどころか、きわめて寛大だった。聞いてくれるだけで自分の価値は認められているという満足感も手伝ってか、目一杯、自分の知っていることを相手に教えるのである。

 なにもこれは学問の世界に限らなかった。生活の面においても、アパートの隣の奥さんに聞けば、細かく何でも教えてくれた。一を聞けば十を教えてくれた。下宿の大家さんも同じだった。日本人は、相手に学ぶ意欲さえあれば誰でも教えようとすることを、私は体験から学び、台湾で教わったことはウソだったとはっきりわかったのである。

●争いを避けたがる日本人

 台湾の学校では、日本人が残酷で残忍であるとも教えられてきた。台湾のビデオショップで借りたヤクザ映画を見て、指を詰めるシーンや喧嘩の場面が出てくると、日本人はやはり残忍なのだと自分なりに納得していた。

 しかし、先ほど述べたように、日本に来て二日目に新宿で現代と伝統の調和の美しさに感動し、その美しい文化に気づいたとき、残酷な国民性からはこのような美しい国は生まれないのではないかと思いはじめた。

 日本滞在二〇年目に入った台湾人の私には、これほど自然を愛し、生命を愛する民族は日本人以外、世の中にいないのではないかと思うほどだ。

 たとえば、私は実験材料としてしばしばマウスやラットを使うことがあった。ときには殺したりしなければならないこともある。その最初のときに先生から教わったのは、いかに苦しまずにラットやマウスを処置するかということだった。また日本では、年に一回、必ず実験動物の慰霊祭を営むが、台湾の大学ではやらないことだった。私は、日本人の命に対する畏敬の念がこのような実験動物までにも及んでいることを知って感銘を受けた。

 日本人は木や花をはじめとした自然をこよなく愛している。このような日本人が残酷な民族性を持っているとは考えにくかった。あらゆるところに神が宿っていると素朴に信じている日本人が残酷であるとは、とても思えないのである。実際、日本で生活していると、日本人は涙もろくて、純情で、悪口をできるだけ慎み、人のよいところを評価する傾向が強いことを実感することが多々あった。

 日本人は、会った瞬間から、私は友好的ですよ、私は無害ですよと、一所懸命に善意を示そうとする。それゆえ、日本人が「平和」と「友好」を最高の価値としてきたのか、なんとなくわかるのである。おそらく、相手と争いを避けたい一心なのだろう。和を重んじることが日本の大事な文化である。

 しかし、現実の社会では、正義感や冒険心、あるいは国を守る勇気を失ったところでの平和や友好であれば、それはペットの平和であり、奴隷の平和でしかない。残念ながら、私の目にはこのことに気づいている日本人はまだまだ少ないように見えるのである。
(次の連載は6月30日)
『台湾の声』  http://www.emaga.com/info/3407.html
『日本之声』 http://groups.yahoo.com/group/nihonnokoe (Big5漢文)
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by hanamizukidayo | 2008-06-28 01:09 | 政治・社会

米国政権末期の「成果」の犠牲


「核解決なら歓迎」 北テロ指定解除 首相が容認
6月25日8時0分配信 産経新聞

 福田康夫首相は24日、北朝鮮の核計画申告に伴い、米国がテロ支援国家指定解除を26日に米議会に通告することについて、「北朝鮮の核問題が解決する方向に進むならば、歓迎すべきことだ。(日米両国に)まったく意見の食い違いはない」と述べ、米政府の対応を容認する考えを示した。


自国と国民を守るという意欲も意思も誠意も伝わってこなかった(T_T)
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by hanamizukidayo | 2008-06-25 10:52

正しくではなくしっかり活きるために

パソコンが使えるようになったのが嬉しくて、今日は暇さえあればパソコンに向かってしまいました。

お気に入りのブログを必死になって検索ましたが、夕方゜名無しさま゜ことひよかさんがJW&キリスト教関係のアドレスを送って下さったので、見つけにくかったブログも復元できました。この春でも交流しているのはネットで知り合った方ばかりですが、ある意味現実の友達以上に気持ちが通じあえる気がします。
ほとんどの方が何らかの形でJWとかかわってきたのだから。またいろんな掲示板等で重い悩みも喜びも分かち合ってきた大切な友達だとしみじみと思います。

いろんな戦いや経験をした挙句にひっそりと組織から離れてきた仲間たちが
これからもずーーと元気いっぱい活きていけますように。


そして時々悩んだり、疲れたり、道に立ち止まってしまったら
気のむくままナカマの処で憩えばいい・・
それぞれがそれぞれの現実をしっかりと生きていくために。



私は先月から急に記事が書けなくなって、ブログを続ける意味も意欲も見失っていました。本当のことはなかなか書けない限界を感じました。また同時に、組織にきっぱりと断絶届けを出さなくてはと思い込んでしまった事情があったので、現役JWの妹との今後の関係のことで頭がいっぱいでした。
でも、よく考えたら私はもうJWでもないのだし、誰かに言われて大切なことを決める必要なんか
なかったのです。こんな単純で当たり前のことを考える余裕のないいき方はやっぱりよくないと言うか・・私には無理だと思いました。

判りにくい文章だと思いますが、私は宗教よりも肉親への愛を選びました。
これが結論です。


最後に、ぜんぜん今日の内容と関係ないのですが今日のヤフーページにいい記事があったので貼っておきます^^

http://www.business-i.jp/news/sato-page/rasputin/200806110006o.nwc

ごめんなさい。↑佐藤優氏の北朝鮮制裁に関する記事だったのですがアップしませんね。
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by hanamizukidayo | 2008-06-17 22:30 | 日常

ニュースなど

パソコンを買い替え、ようやくネット環境も復帰しました。
コメント欄のお返事もすっかり遅くなって申し訳ありませんでしたが、
今日からまたよろしくお願いします。




息子たちが秋葉原まで買いに行ってくれて、接続も設定も全部やってくれました。
と言っても、まだ現在進行形です。自分たちの仕事が優先なので仕方ありません。
もっとも、まだ起きて私のパソコンのデーターを作り直してくれていますが。
いつも家にいるのでご飯の支度が大変なのも正直な気持ちですが、こういう時は
非常に助かっています。でも、トラブルたびにすぐ頼ってしまって自分で覚えようと
いう気にならないのは良くないですね。
と言いつつ・・Windowsが新しくなったので使い勝手が少し変わり、
応用の利かない私は、ついついやり方を訊きながら開かざるをえません^^;


買い物には先週殺傷事件があったばかりの秋葉原にわざわざ行かなくても
近くにしたら?と言っておいたのですが、全然値段が違うと言って秋葉原に
行ったようです。


ようです、と人事みたいに書いてしまいましたが、実はパソコンと猫の世話を
息子たちに頼んで、夫と私は金曜日から箱根小湧園に行って来ました。

チェックインして部屋のテレビを付けたら、NHKで北朝鮮への一部制裁解除の
ニュースが流れていたのでびっくりしました。家族会の方たちのコメントや会見は
気の毒でなりません。政府に米国の圧力でもあったのだろうかと窺ってしまいそう
です。

翌朝になったら今度は岩手・宮城県で大地震があったというニュースにさらに驚き
でした。被害の規模を思うと、別にいい人ぶるつもりではないのですが、のんびり温泉という気分は失せてしまいました。
とは言え、普段休みらしい休みが取れない夫にはたまに行く温泉が何よりの
気分転換なのです。お天気も良いので仙石が原の湿生花園を散策してから
草原の道を歩いて、ドイツ風のマイセン美術庭園でケーキセットを食べた後、
強羅に向かい、夕方遅くまで箱根のさわやかな景色を堪能しました。


現在こうやって私は何気なく毎日を過ごしていますが、
何気なく過ごすことができている日常こそありがたいもの
に違いないのでしょう。
夕方のニュース番組でも言ってましたが、関東にも大きな地震が
いつ来てもおかしくないようですし、最低限の非常食や水も取り替え
たり、もう少し補充しておくべきか・・




最後に・・SAPIO5月号から工藤美代子さんというノンフィクション作家の
「関東大震災 朝鮮人大虐殺の真実」というシリーズが始まりましたが、
私には非常に興味深い内容で、抜群の力作だと思います。

恥ずかしながら私は大正時代の東京が、東洋一の大都市だったことさえ
知りませんでした。無間地獄の帝都という副題がつくほどの規模の大きさ
被害の悲惨さもさることながら、当時の政治、経済、文化、また国の内外
を取り巻く情勢や報道、一般市民の暮らしぶりから有名作家や政治家や
軍人や新聞社、当時のあらゆる層あらゆる人々や土地建物に至るまで
詳細な記録を綴っています。戦前という日本を知る情報としても優れた
読み物だと言えると思います。

工藤美代子さん・・女性とは思えない筆捌きに圧倒させられています。
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by hanamizukidayo | 2008-06-17 02:06

ご無沙汰してました^_^;

わたしがもう少し若かったなら・・・

日常の思いやいろいろな価値感に行き詰ってしまった事も、
もっとストレートに、疑問も含めて書くことができるのかも
知れません。が・・

書けないというのは自分の恥を晒したくないという
謙虚さがないからなのでしょう。

あれこれ考えたらますます書けなくなってしまいました。

と、言い訳は言い訳に過ぎないのでこれくらいにして^_^;


こんな状態にもかかわらず見ていて下さった皆さま


ありがとうございます。もしかして
ご心配かけてましたら・・すみません。


「人間五十にして迷わず」と言いますが、この年になっても迷ってばかりです。
いいかげん「物事を真面目に考え(過ぎ)れば迷いも生じるのは当たり前」と、
開き直りたくもなりますが、見識が狭いまま分かっていないことがたくさんある
という現実を見過ごすことはできないような気がしてきました。

知らないことの方が多いばかりか、JW以前の常識さえ忘れて
暮らしているのかもしれません。


先日、川﨑大師の近くに住んでいらっしゃる方のお招きで
弘法大師の降誕祭に行ってきました。川﨑は初めてでしたが、想像以上に
ローカル色豊かないい街でした。お寺やその周辺を隅々まで案内して頂き、
街に密着した仏閣の生きた歴史を勉強させて貰った気分でした。

でも、一番印象に残ったのは、地元川﨑が大好きだというご夫婦から
「お参り」するとか、お大師「様」といった言葉の使い方を学んだこと
だったような気がします。
神社仏閣は大事だと思っているとか、伝統的な宗教に敬意を持っていると
自分では思っていましたが、そういう表現は身に付いていなかったので、
「心にあるものが口に出る」・・思わずハッとしてしまった次第でした。


そういうことで、まだ未整理状態ですが、ボチボチと
書いていけたらと思っています。
とりあえず元気でおります^^
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by hanamizukidayo | 2008-06-10 23:52 | 日常