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悪霊の攻撃(仮題)

結婚までのいきさつがいきさつだったために、私たち夫婦の結婚式は
内輪だけの簡素なものだった。

夫の両親がお膳立てし、お寺で仏前挙式。黒檀と水晶の数珠を持たされた。

我が家には自分たちの結婚式の写真は1枚も残っていない。
エホバの証人したから「縁起でもない」と数珠も写真も捨ててしまったからだ。

研究を始めた当初から「悪霊の攻撃」を受けた。

毎晩のように金縛りに襲われた。特定の場所に何者か気配がする。
書棚からピョ~ンと降りて来る、あるいは昔の人たちの声が聞こえた、田舎の方言で。

夜中、父がのっそりとベッドの隅に座っている幻を見て、悲鳴を上げた。
夜になると恐くて眠れない。昼寝すればしたで空中浮遊のような経験もした。
目を閉じても男の人の三角の目が睨んでいる。

(最近こそ悪夢はまったく見なくなったが、蛇、蛇、蛇だらけの夢にしょっちゅうなされた)


司会者に相談してみた。
「それは悪魔サタンの攻撃だ。家の中にある物品を通して
影響を受けるから、悪霊的な物はすぐ始末するように」と言われ
家中のそれらしき物品、子どものおもちゃから五月人形、結婚式の写真
数珠や喪服に至るまで、jW的悪例物品すべて捨てた。

この時私は具合が悪くて寝ており、数人の姉妹たちがあれこれ部屋を
探し回って、早く処分したほうがいいという事になり、
「なるべく家から遠い場所に捨ててくるね。あなたは寝てなさい」

今にして思えば悪魔祓いのような一こまだが、
あの頃の研究生の辿った通過点か。今どうなんだろう。

悪霊のせいだと言われ鵜呑みにした私も、精神的に不安定でおかしかったんだろう。


それにしても、夫はいまだ写真がないことに気が付いていない。
数珠は引越しでどこか分らなくなったと思っているのか、何も言わない人だ。

話は前後するが、

両親の家を出てしばらくたった頃、近所の熱心姉妹の訪問から始まった聖書研究。
エホバの証人に会ったこともなければ、そういう宗教があると聞いたこともなかった
ため、純粋なというか、単なる聖書研究会(サークル感覚)だと思い込んでいた。

近所にもたくさんの「仲間」がいると知って、逆に安心したものだった。ある日
親しくしていた元学校の先生だった隣の奥さんに、「00さんたちとお勉強してるの?」
と聞かれた時、「ええ。00さんはしないんですか?」とまったく単純に答えた。

「私、勉強は苦手だから」

慎ましいなぁと思っただけで、その意味を深く考えもしなかった。

00年前、ローマ法王が来日された頃の話だ。
しばらく訪問が中断したことがあった。
公園ですれ違った時、司会者が言った。

「忙しくて忙しくて、行けなくてごめんなさいね」

私 「いいえ、法王のご訪問ですから、クリスチャンの方は忙しいだろうと思ってました」

・・・・・・・・なんて答えが返ったか覚えていないが、
後から聞いた話によると、大会直前で、
司会者はバプテスマの討議最中だったそうだ。

それくらい世間にまだカルトもJWも周知されておらず、のんびりした時代だった。
しかし研究内容は「終わりはもうすぐだ」と、切迫していた。


「17年後、必ずハルマゲドンが来ます」


司会者姉妹は、真剣そのもの顔で「予言」したものだ。

その後バプテスマを受けてもそれらしき根拠は見出せなかったが
「あの時こう言ったわよね」とは、「霊的な親」に向かって言えやしない。

今も熱心に 「もうすぐだ!寝ている時突然来ないよう目覚めてなきゃ」
などと、触れ回っていることだろう。この人にだけは再会たくない。


そういえば・教会に来ていたおばあさんは、この姉妹の家の真上に住んでいて

「教会に通うのも大変なんですよ。後を追いかけてくるんじゃあないかと
恐くて、恐くて。勝手に雑誌は持ってくるわ、なんなんですかあの人たち!」

と、牧師によく訴えていた。

たまたま来ていた私の友人(元JW) に目をやると、彼女はそ知らぬ顔していた。
礼拝が終わって、

私 「あのお婆さんも被害者だよ、相変わらず困ったもんだね、00姉妹は」

元姉 「気にすることないわよ。あれだけ言える人なんだから、私たちが
心配しなくったってだいじょうぶだよ。知らん顔してればいいよ」


互いの視点は違っていたが 「言えてる!」、 意見の一致に大笑いした。



この友人も仕事が忙しくて会う暇が無いくらい回復した。
10年はかかるわね~が口癖だ。でも、

ほんとうに、JW辞めると心が健康になります。
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by hanamizukidayo | 2008-12-17 11:08 | 宗教

 はな みずき 人生の応援歌

    悲しみの意味
      
    

冬があり夏があり
      

昼と夜があり

晴れた日があり

雨の日があって 


ひとつの花が咲くように


悲しみも

苦しみもあって


私が私になってゆく

               by 星野富広


親が付けてくれた名前に愛着などなかった。はな みずきも適当に付けたハンドルだ。 ゆーじさんの掲示板では「かもめ」のように空を自由に羽ばたく開放感を楽しんだ。はな みずき・・・もう似合う歳でも ないし名前変えたいなぁ。でもはな みずき でこのブログやって,今朝これでよかったんだと何故か思った。そして、本名も好きになった。 夫の姓 と私の名前のバランス、相性よさそ~な感じではないか。                        
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by hanamizukidayo | 2008-12-17 10:45 | 宗教

丁寧言葉とよそよそしさと馴れ馴れしさ

土日の間寝て過ごしていた次男に、アウトレットで買っておいた食器や、オヤツや果物
缶詰の類など紙袋に詰めて今朝送り出した。

「今度帰ってくる時は前もってメール頂戴ね。ご馳走作る、かもしれないよ♪」

「うん、行ってきま~す」 めんどくさがりの次男、今朝は素直に受け取り出かけて行った。

朝から電話しまくってた旦那サンもようやく出かけてってくれたw  ふぅ~~っ

暖かい日差しが射し込む穏やかで静かな空間、猫たちもお昼寝タイムか私がパソコンに
向かっても机によじ登って邪魔しに来ない。

昨夜は黒のみーちゃん、トイレに閉じ込められてたらしい。
私よりも早寝早起きの夫が、

「覚えてる?夜中椅子で寝てたから起こしたんだよ。そんで寝ぼけてトイレに行って
ミーを閉じ込めたんだろ。 かっわいそ~に!」

およよよ・・・・ごめん、ごめん ミーたん ごめんね~~042.gif


昨夜はクスリ飲んでから、あららさんのブログに書いてあった 「女を捨てない」のことを
PCの前でしばし考えていた。

男もブラする時代だとテレビで見てはいたが、近頃、身体を締め付ける下着は着ないわ、
昼寝だと思えばいいや、なんて顔も洗わず歯磨きだけ済ませて寝る自分。あららさんに
たしなめられたなw


最近の私は軽・躁状態だから、気分が良くて会う人会う人(お店の人やエレベーターに乗り合わせる普段なら軽く会釈する程度の相手とかも)に愛想よく挨拶し、しかも

  相手が誰であれ   タメ口   なのだ。



先週夫と喧嘩した時に言われた言葉の中で、ズキンとした言葉は

「だいたい昔から、好き嫌いが激しくてすぐ分る。もっと我慢しろ!」

と記事にも書いたが
 要するに・・・・・ 
「普段の電話やしゃべり方を見ていると、好きな人には軽口叩くが、嫌いな相手には

  異常~に バカ丁寧な言葉使いなんだよ、お前のしゃべり方。  相手にだって分るさ」



冷静になって考えてみたら・・言われた通りだ、その通りだった。
で、またそれが相手に失礼の無いようにとの気配りのつもりだったのだが、
あの組織で鍛えられた奉仕活動の訓練、上辺だけあわせの付き合い多かった
霊的パラダイスの名残りというか、よろしくない習慣が肌にしみこんでいたんだ。

言われてみて初めて気がついた。

また、どせいさんの掲示板で、「虐待を受けた人はつるまないので・・・」という書き込みをみた。

これも、なるほどその通りだ。意識してなかったが私は個人対個人の付き合いが好きで
サークルや元エホバ関係、あるいは友達仲間(みんなはよく集まってお菓子作ったり、旅行したり、勉強会開いたりしている)全員で集まるよりも、どちらかと言えば、適当に気が向いた時、
ぶらっと会っておしやべりしたり一緒にショッピングなどする程度。

ま、深い話があればそれはそれでとことん付き合う、みんな一緒の時だって。



介護人(仕事)としては絶対に相手の尊厳を認めたいし、意思を尊重したいからどなたにも優しさがモットーなのだが、あの日以来すこーしだけ、ちょっとだけ言葉使いを砕けている。気心知れあった相手とはね。

相手にもよりけりだし、一部の病院の若い看護師のようなゾンザイな声がけなどのような
自分も不愉快になるそんな極端は避けたいが、バカ丁寧止めて、ちょっとだけ
くだけ言葉使って楽しくお付き合いしていきたい。 宜しくお願い致します
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by hanamizukidayo | 2008-12-15 12:13 | 日常

今頃ですが探してたJWIC 再会



キティちゃんのブログからばうちんさんのところに飛んでみたら、JWIC(エホバの証人情報センター)の保管庫を発見072.gif

私の脱塔の原点だった貴重なサイトだ。
確か2002年ごろの話だと思う。

ネットで昼ねする豚「インナー・チャイルド」を初めて読んで、それから
JWICを知った。

頭混乱してた当時、難しい教理の矛盾などはよく理解できないものも
あったが、同じように感じ、同じような疑問を持ち、同じように
苦しんできた元仲間の心の叫びがビンビンと胸に響き、迫り
共鳴し、泣きながら読んだ記事の数々。忘れられない。

ゆーじさんが残してくれたサイトも、必要な人たちのために
きちんと保管して下さっている有志の方がいる。


JWICも、時代は移り変わってもいつまでも読み繋がれていく貴重な情報だ。

これからも、騙されたことに目覚めた孤独な人たちの避難所として支えとなってくれるだろう。


そういうわけで、昨夜から今朝にかけてネットサーフィン。

今朝、9時過ぎまで寝坊してしまった008.gif


今日は午前と午後に分けて、パート先の社会福祉法人の本部で
人事評価制度について説明会があるので、県下20数ヶ所の職員全員が
必ず出席するべしと通達されていた日だった。

12時半からの午後の時間に間に会えばいいやと気楽に構え、
どせいさんの掲示板を開いて、長文コメに目を通し、思うことを
書き込んでしまった。

夫に時間が迫ってるよ!と言われ、あわててパジャマの上からセータと
ズボンを着込み、顔にはマスクしというまったくいい加減な格好で出かけた。

介護保険の報酬が3%賃金に反映されるというので、恐らく経営側の
収益減だのなんだのと、うちはアップできませんからみたいな言い訳
釈明集会だろうと思っていたが、
なかなかタメになる内容ではあった。

結局、結論的に報酬アップは期待できないのだが、人事評価制度の見直しを
今年から外部のプロに頼んだことで、非常に効率の良い客観的立場に立った
(もちろん経営側に有利な作戦ではあろうが)分りやすい、シンプルなシステム
になり、若手の社員たちのテキパキとした説明も好ましかった。

言い訳がましくクドクないのが気持ちよく、勉強になったと
気持ちよく帰ってきた。時間もきっちり2時間で終了。


〆の言葉も最後の部分が気に入った。
「組織は宗教と言われます。つまり、理念・目標・行動で働き、全員が同じ考え方を持つ。
バラバラな個性、バラバラな価値観であってはならのが収益あっての法人の理念です。

  もし、何か文句があれば 遠慮せずに 意見を出し合って下さい☆」




<政治ネタ>
ブッシュ大統領「戦争の心構えなかった。誤情報が痛恨」 12月4日朝日新聞

福田さんは「私は自分のことを客観的に見れるんです。あなたとは違う」と言って
お辞めになった。ブッシュは誤情報を痛恨。イラク戦争、ささやかれる9:11陰謀説
アメリカを弱体化させまた、恥部を晒したような政権だったが、痛恨の情を見せるだけ
エホバ指導者よりなんぼかマシではないでしょうか?客観的に見てお辞めになった
福田さんもしかりであるよ。
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by hanamizukidayo | 2008-12-14 17:45 | 宗教

最近の愚考・・・自戒させられます^^;

   ∞∞∞∞∞∞ 本日の名言 ∞∞∞∞∞∞   

 美しい唇である為には、美しい言葉を使いなさい。   美しい瞳である為には、他人の美点を探しなさい。                   ― オードリー・ヘップバーン ―                      

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by hanamizukidayo | 2008-12-13 19:27 | 日常

人生の嵐から救い出すために来てくださった神さま

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       写真  映画「マリア」より


去年の今頃観た「マリア」に感銘を受けて、クリスマスの夜初めて教会の門を叩いた。春先まで欠かすことなく毎週の礼拝に通った。すばらしい恵みのメッセージに感動しながら熱心に耳を傾け、冗談好きでちょっとばかり意地っ張りな先生と私は良く気が合った(と思っている)。


先生に出会ったのは神さまのお導きだ!
この方に学ばせて頂こう・・・・・


残念ながら時が経ち、ある日のこと、どうしても相容れない相違点を発見した
私は、深入りしないうちにここを去ろうと決意した。幾ら考えても譲れないと思った。


あれからもうすぐ1年目のクリスマスがまた近づいた。


この1年、先生のお身体の調子や、心に響いた礼拝メッセージを忘れたことは決してない日々だった。



通勤の途中、教会の前を走るたびに小さな痛みと安心感が私の心によぎった。

「今日は車がないからお出かけなんだな」

夜に礼拝室の灯りがともっているのを確認しては
「何とかお元気で、今夜も祈祷会開いているんだろう」

「集まってくれる信者さんたち増えたんだろうか」
(あの頃は牧師先生夫婦に私の3人だけだった)



白百合が大好きな先生のために、今年のクリスマス・イヴ前にはカサブランカを届けたい。
  
   大好きだった先生がどうか長生きされますように。笑って再会できますように。



イエスさま、私たちのために来てくださったことを感謝します。私の心の中に入り、これからの人生を導いて下さい。御名を通してお祈りします。 アーメン
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by hanamizukidayo | 2008-12-13 17:04 | 宗教

食後は仮眠して

たまちゃんはテレビの正面に正座して男子フィギァを観戦し、ミーコ猫はコタツで寝ている。

夫はテレビ。私は夕食の後、新聞を読んで一眠りした。

なんとのどかなことか。平凡な平凡過ぎる日常だ。


今夜は長男が戻ると言っていた。遅くなるから食事はいいとメールが来たが
一応豚カツの用意だけしておいた。食べなければ明日夫に食べさせればいいw


yahooの見出しを見ても相変わらず悲観論やきな臭い記事が目に付くが
最近ますます酷いものだ。支持率低下で瀬戸際崖っぷちだとか断末魔だとか
ろくに見ていないがテレビのトーンも耳に障る。ミヤネ屋なんて、面白ろくて
しかたがないといわんばかりの報道振りだ。

国の崖っぷちがそんなに面白いのか、 正義の味方ぶる偏向偽善報道め(`´)ケッ


この国で今一番気の毒な公人は  天皇両陛下と総理大臣ではないだろうか。

ご病気の陛下には激務の御勤め、これ以上ご無理して戴くのは申し訳ない。
麻生さんには麻生さんらしさを全面に出せるよう、頑張って戴けるよう、みんなで
盛立てる時だと言うのに、自民の面々にも・・・サイテーな人種が多過ぎる。


☆12月13日追記
躁鬱の軽躁と診断された私。イケイケどんどん。どせいさんの掲示板にコメしてみた。


これってエホ? はな みずき 2008/12/13 20:34
    元1世信者 関東方面  

一 昨日の産経に突っ込みどころ満載の記事がありました。

「1日コーヒー1杯だけ」就労求める難民申請者
2008.12.11 08:59

信仰を理由に迫害を受ける恐れがあるなどとして、アフリカの国から昨年来日し難民申請。 外務省から支給される月8万5000円の大半は家賃や光熱費に消えるが、仮滞在中は就労を禁じられている。

「金も食べ物もなく、家にこもって泣いている。 いつ認定されるかも分からず刑務所にいるようなもの」とヤボワさん。




◎8万5000円も貰って感謝もなければ、コーヒーじゃなくパンでも買えよって話ですわねw

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by hanamizukidayo | 2008-12-12 22:02 | 日常

私たちの原点・・皆様とふるさとに感謝

ここ数日、父の死を読んでくださった何人もの方々からお悔やみのメールや
直接のお電話を頂いています。

おかげさまでとても慰められ、力づけられ、こうして早くも
いつものような日常に戻り、過ごせていただいています。

 本当にありがとうございました。感謝の気持ちでいっぱいです。


前にも書いた気がしますが、ブログをやっていることは、普段はJW以外のお付き合いがほとんどのこともあり、日常の知人や友人は誰も知りません。

今回の出来事はメーリングリストの友人たちや、飲み会しあう友達に伝える暇もまだありません。

でも、ネットで知り合ったすてきな友人達にもう十分癒されましたので、改めて父の死を口にする必要さえ感じない・・・そんな気持ちです。


お葬式は弟の言葉通り、ほんとうに 残された私たち家族に お祝い のような後味を残してくれました。

誠実に生き、たくさんの方々の温情に支えられ天命を全うした父が、幸せな晩年を送れたことを娘としてすべての方々に感謝しています。父の生き様を見習いたいと勇気つけられました。


残された母のことは気がかりですが、比較的落ち着いている様子です。

「夕方になると寂しいけどね。あの子(弟)も家で穏やかな最後をむかえたんだから、
『母ちゃん力落とすなよ』って言ってくれてるしね。

残った布団を干したり洗濯したり、庭の草むしりしたり、なるべく動いて気を紛らわしている。
近所の人も来てくれるから心配いらないからね」



先ほどエホバ妹から電話が来ました。
今日の妹はやや明るい声をしてました。

いろいろ話ししましたが、火葬場で[これからスイッチを入れます]と声が掛かった時に
押さえきれなくなって泣き声を上げてしまった私の話を誰かに聞いた時、涙が止まらなかった
と言ってました(自分ではまったく覚えていなくてそうだったのか・・ですが)。


「今度のお葬式で一番良かったのは、長年会えなかった関西の妹と会えたのもあるけど
私はね、あなたに会えたのが一番嬉しかったよ。Mさんも前と変わらずに接して
くれたし、純ちゃんにも会えて嬉しかった。こうして何でも話せる血の繋がりっていいね。

私たちがこれからも仲良くやっていけるように父さん引き寄せてくれたんだね」


妹も、「私も家族もいつもねえちゃんたちのことを思わない日はなかったのよ。
会って本当に良かった、助けてくれてありがとう。また遊びに行くね」

おかげさまで昔のように心を通い合わせた暖かい会話ができました。


 読んでいただいてありがとうございました。んでは、仕事行ってまいります066.gif
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by hanamizukidayo | 2008-12-12 13:13 | 日常

久しぶりに熟睡した朝

最近は火曜日だけ1日空けているが、ピンチの依頼で潰れることもある。
お互いさまなので大抵は快く引き受けている。

前もって断水日の予定が分っていたので、先月末頼まれた時も即答で引き受けていた。
そういうわけで昨日は朝から介護人。
 

私は仕事で出会うお年寄りには、その方が遠く離れてなかなか世話できない自分の親だと思って接している。若いなら肉親の妹弟、あるいはパーキンソンを患った叔母だとか、あるいはLDの姪だとかそう思って心をこめる。

だから苦手なタイプの人であってもトラブルになったり、断られたことはないし
むしろ違うタイプの人は勉強になったり興味深いと思って話するので、相互に
仕事関係以上の友人だと感じあうこともあり、当人が亡くなられてもご家族の
娘さんや時には配偶者の方と新たなお付き合いが始まることもある。
(自慢そうに聞こえたら申し訳ないです、つまりそれだけ好きだしやりがいを感じているってこと)

そうは言っても自己満足に過ぎなくて、失敗も恐らく足りない部分も相手の方にはいっぱい見えていると思うけど、お鍋を焦がしたりうまくできなったりしてもこれまでほとんど苦情はなかった。

「わがまま言えないけど、はなさん仕事を辞めない限りずっと来てね。」

たまにピンチの時に顔を出す方には
「もう先がないのでもうしばらくの我慢だと思って付き合って」と手を合わせて頂くこもある。


別れるのは亡くなった時。そういう仕事だから、今まで何回もお葬式にも出たが、私の事務所のスタッフはいい人で家族同然に悲しく、後ろの席でもしかしたら一番泣いてるかもしれない。

お葬式はすべての人の心のけじめ。私は心から思う。


ところで、少し張り切り過ぎて私にしたら200パーセントの力を出し切ってしまい
喜んでいただいたもの、帰りは背中や腰が痛くてタクシーに乗って帰ってきた。
今朝は喉も痛い。コタツで寝たりしてたからまずかった。

でも昨日は思い切り動いて気持ちがよかった。たくさんお話もし聞いても頂いた。
帰り際、嬉しそうな顔でお礼を言ってくれたが、もしかしたら(毎回どの方にも思うのだが)
この次はもう会えないかもしれないんだもの。私だって何があるか分らないんだし。
これが最後になるかもしれない、そう思っていつも最高の時間になるように考えて
きたつもりではある。

だから私はお互いが何があっても後悔しない生き方を自分らしくこれからも続ける。器用でもなく気も利かない私だけど、分かってくれる人が一人か二人はいるだろうし、いなくたって自分が
それで幸せだったらいいな。
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by hanamizukidayo | 2008-12-10 12:55 | 日常

父の最期

混乱している姪を落ち着かせるために、弟はおじいちゃんはベッドで眠るように逝ったと言ったが、実際は少し脚色している。

介護保険のお世話にもならず、母と同居している弟夫婦のお陰で7年前一度死にそうになったにもかかわらず父は自宅で療養生活を送っていた。遠くに住む娘たちに心配かけまいと父も母も弟さえ、たまに入院し点滴を受ける時があっても教えてくれなかった。電話に誰も出ないと、「もしや具合が悪いのではないか」と案じた日は幾度かあった。

父の死の1週間前、母に様子を聞くと「最近食欲がなくてね。寒い時期は毎度のことだけど寝てばかりいることが多いんだよ」と言っていたので嫌な予感がした。

それで今年の暮れは休みを取り、会いに行かなければと決めていた。
その電話以来、毎日父のことが頭から離れなかった。胸騒ぎがしていた。


今思えば、12月1日午後1時40分頃、携帯が鳴り、弟からだと分った時点で
すべて了解したも同然だったと、思う。

12時少し前に母が声をかけ、そのまま茶の間に戻り待っていたが、なかなか起きてくる気配がないのでトイレにでも行ったのかと様子を見に再びいったら、ベッドの下にうずくまっていたという。
意識を失っていたので、急いで救急車を呼び、近所の人たちも一緒に病院に向かったそうだ。
弟が駆けつけたが意識は戻らず、心肺停止状態になった時点で私に電話を寄こした。

「今、蘇生処置をしてるがもうダメかもしれない」

「分った。すぐ行くからね」 短いやり取りを交わした後、職場に電話をして
仕事の途中で申し訳ないが誰かと交替してもらえないか強引に頼んだ。
(夫の親の時も仕事中だったので間に合わず深く反省したことだった)

帰宅の途中に夫に連絡。夕方から義理の兄のお店を手伝う予定だったことも思い出し、行けなくなったと伝えてもらった。

家から関西の妹に電話すると「そうだったの。私は仕事で今日は間に合わない。明日にするね」とえらく落ち着いていた。提責なので立場はよく分る。覚悟してたはずだし。それよりも・・・・

JW妹へはどうやって知らせるか?普通なら私の役目だ。でも言いにくい。 弟は電話どころではないだろう。でもまだはっきり死んだとは限らない。ダメならその時点で再度連絡が来るはずだ。はっきりした時点で電話するしかないと思いながら荷物を詰め込み、家族の礼服を取り出し、万一の時にすぐ使えるように仕舞っておいたお金を準備し、猫の世話を友人に頼みパソコンで飛行機の手配。その前に家族の予定も確認だ。

あっという間に夕方になってしまった。家に電話しても誰も出ない。弟に電話を入れたらどういうわけか弟の嫁さんが出て、まだ病院だという。まだ病院?じゃあ意識が戻ったのかと一瞬思ったが、そうではなかった。1時過ぎになくなったようだと言う??? 病院では携帯使えないからあなたは電話番兼連絡のために家に残ったんでしょう? それなのに、妹たちににどうして連絡しないのか。私にも。亡くなったようだ、とは???

深く考える暇はなかったが、この様子ではJW妹に誰も連絡してないだろうと判断し、携帯にかけてみた。
妹にとって親しかった姉妹のお葬式から帰ったばかりというタイミングだった。短く伝えた。

結局父は、倒れた時のまま意識が戻ることなく逝った。
蘇生処置を施し息を吹き返したとしても、時間の問題だっただろう。

意識が戻らなくてむしろ良かったと思う。
苦しい思いをしないで済んだのだから。

父は一人で起きたり寝たり、自分の手で物を食べ、自分の意思に沿って
ある程度のことを最後まで自立して生きた。一緒に住む家族の支えがあった
からこそではあるが、甘えもせずかと言って人に厳しくもなく穏やかなすばらしい
最後を見せてくれた父だった。ありがとう、すみません あなたの娘なのにね。
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by hanamizukidayo | 2008-12-09 01:04 | 日常